取り調べにて
捕縛された隼雄は、鉄鎖で両手首を縛られたまま奉行所の奥の座敷牢に押し込まれた。
髪は乱れ、衣の袖は血と埃に汚れている。それでもその目は死んでいない。むしろ薄笑いすら浮かべ、番士や同心を値踏みするように視線を走らせていた。
その夜、取り調べの間に呼び出された隼雄は、竹簀の前に正座させられた。正面には鉄斎と、奉行所の吟味方与力・島村が座っている。横には筆を持った記録方が控え、外では同心二名が槍を持って立つ。
「さて……隼雄。まずは名と出身を申せ」
島村与力が低く、しかし容赦ない声で問う。
隼雄は口の端を上げた。
「名は隼雄。それ以上は名乗る筋合いはねぇな」
「筋合いだと?」島村の眉がわずかに動く。
「貴様、町中で人を斬りつけたばかりか、商家の主を狙ったと証言が上がっておる。黙して済むと思うか」
鉄斎はそのやり取りを黙って見ていたが、隼雄の眼光の奥に、ただの無頼とは違う気配を感じていた。殺気ではなく、長年の訓練で研ぎ澄まされた動物のような身構え。それは浪人や町方の剣客とは違う匂いだった。
やがて島村が机を軽く叩き、問い方を変える。
「……隼雄。お前、元は某藩の士目付組におったな?」
その一言に、隼雄の笑みがわずかに引き攣る。
「やはりな」島村が目を細める。
「詮議の結果、表向きは小姓勤めだが、裏では諜報や暗殺の任にあった。藩内でもごく少数の者しか知らぬ密命役――いわば“忍び”の末裔だ」
鉄斎が息を呑む。
「忍び……まだ生き残っていたか」
隼雄は鼻で笑い、静かに語り始めた。
「生き残っていた? 違ぇな。消えたんじゃねぇ。表に出なくなっただけだ。俺たちは常に誰かの影の中で生きてきた。藩命とあらば、誰であろうと斬る。毒も撒く。火も放つ。裏切り者も、将軍の客人も、関わりなくな」
「では、なぜ藩を抜けた」島村が食い下がる。
隼雄の声が低くなる。
「ある時、江戸での任務でしくじった。いや、しくじらされたんだ。計画通りにやったはずが、標的は死なず、逆に俺だけが捕まった。奉行所の牢に入れられ、助けを待ったが……藩の奴らは動かなかった。いや、それどころか『隼雄は独断で動いた』と証言してきやがった」
言葉とともに、隼雄の拳が畳をぎゅっと押し潰す。
「仲間も上役も、全員が俺を切り捨てた。俺は藩のために何十人も殺したってのに、だ」
鉄斎の胸に、何かざらつくものが走った。正義と忠義に殉じる道の果てが、こんな裏切りか――。
「牢を出た後、どう動いた」鉄斎が口を開く。
隼雄は肩を揺らして笑った。
「表の武士なんざ信じられるか。俺は裏に潜った。最初は博徒や香具師の護衛稼業だったが、俺の腕はすぐに評判になった。やがて、とある組織が声をかけてきた」
「組織……?」島村が眉を上げる。
「名は言わねぇ。だが裏の世界を仕切る連中だ。密輸も殺しも請け負う。そこじゃあ俺は藩時代以上に自由だった。標的を斬っても、首を取っても、誰も文句は言わねぇ。金も手に入る。裏切りもない――と思ってたがな」
「つまり、今回の襲撃もその組織の命か」島村が畳みかける。
隼雄はしばらく沈黙した後、わずかに口元を歪めた。
「……標的はただの商家の主じゃねぇ。ある藩の金の流れを握ってる男だ。そいつが生きてると、俺の古巣の藩が困るらしい。つまり、今回の依頼人は……」
そこまで言って、隼雄は口を閉ざす。
「誰だ」島村の声が鋭くなる。
隼雄はゆっくりと首を振った。
「そこまでは話せねぇ。話した瞬間、俺は生きたまま皮を剥がれる」
島村は吐息を漏らし、筆を持つ記録方に目をやった。筆は走り続け、畳には緊張が漂う。
鉄斎はじっと隼雄を見つめた。その目の奥には、使命に生き、組織に裏切られた男の影があった。
――もし俺が、奉行所や藩に裏切られたら……。
そんな思いが、鉄斎の胸を重くした。




