大工の庄太
庄太は、江戸の下町で名の知れた大工だった。
背は高く、腕は太く、気のいい笑い声が遠くまで響く。普段は頼れる兄貴分だが、酒が入ると喧嘩っ早いところが玉に瑕だった。
それでも、これまでの喧嘩は相手に怪我をさせる程度。奉行所が動くような騒ぎにはならなかった。
鉄斎も何度か酒屋で同席し、盃を交わしたことがある。
「おめえは武士にしちゃ気取らねえな。気に入ったぜ」
そう笑った顔は、町人らしい人懐っこさに満ちていた。
しかし数日前、庄太は酒場の前で喧嘩をし、相手を大怪我させた。その相手は若い武士で、数日後に息を引き取った。
武士を死なせた町人──罪は重い。奉行所はすぐに手配書を回し、町は一気にざわついた。
その夜、鉄斎はいつもの酒屋へ足を運んだ。木戸をくぐると、奥の座敷に庄太の大きな背中が見える。
盃を片手に、顔は真っ赤。目は据わり、隣の客にも絡んでいた。
「……庄太」
声をかけると、彼は振り向き、虚ろな目で笑った。
「鉄斎か……おめえも俺を捕まえに来た口か?」
その声には、開き直りとも諦めともつかぬ響きがあった。
次の瞬間、庄太は懐からごつい金槌を引き抜いた。
「もう、どうにでもなれだ……!」
酒臭い息と共に、渾身の振り下ろしが襲いかかる。
狭い酒屋の中では、刀は抜けない。鉄斎は棚にあった酒瓶を片手に取り、振りかざす。
硬い硝子が庄太の肩口を直撃し、酒と血の匂いが混ざった。
呻きながらも再び襲いかかろうとする庄太のこめかみに、鉄斎はもう一撃を叩き込む。
ごろりと倒れた体から金槌が滑り落ち、畳を叩いた。
こうして庄太は縄にかけられ、奉行所へと連行された。
武士を死なせた町人の末路は厳しい。庄太には情状酌量の余地なく、重い科刑が下された──打首獄門。
数日後、浅草の刑場で、その逞しい体は無残にも晒された。
鉄斎はまた一人、知り合いを送ったことになる。
夜の酒屋で杯を傾けるも、酒はやけに薄く感じられた。