表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/68

牢からの脅威

奉行所の広間に、縄付きの片倉景信が引き立てられた。

まだ捕縛から二日も経っていない。だがその顔には疲れの色はなく、むしろ余裕さえ漂っている。


「片倉景信、数々の盗み、殺しの罪、相違ないな」

与力が低い声で問いかける。

景信は鼻で笑い、肩をすくめた。

「証拠はあるのか? 殺しだって、俺じゃねぇ奴もいるだろうよ」


鉄斎は背後からそのやり取りを見ていた。景信の態度は、恐怖からではなく確信から来ているようだった。

――捕まっても、大した罪にはならない。そういう自信だ。


証拠は十分だった。黒鴉一味の残党が自白し、押収した武具や金品も揃っている。だが、それらは奉行所内で上に上がると、微妙に扱いが変わっていった。


やがて奥から奉行が現れた。白い直垂に威厳を纏い、景信を一瞥する。

「……旗本家の三男。血筋を汚す所業、遺憾である」

景信は軽く頭を下げただけで、何も言わない。


鉄斎は奉行の目の奥に、一瞬の迷いのようなものを見た。

「罪状は重いが、御家の面目もある。よって――無期の牢入りとする」


その言葉に、鉄斎の眉がぴくりと動いた。

牢死を待つ身とはいえ、打ち首も遠島もない。武士の身分が、この男を死から救った。


景信は口元に薄く笑みを浮かべた。

「ありがたく、いただきますよ」

鉄斎は拳を握りしめた。渡辺ら仲間の命が、この軽い言葉で踏みにじられた気がした。


***


月日が経ち、鉄斎の耳にある噂が届いた。

――片倉景信、牢名主となる。牢内で絶対的な力を握り、牢役人さえも手なずけた、と。

さらには牢から指示を飛ばし、江戸の町で辻斬りや押し込みが再び増えているという。


鉄斎は奉行所の裏庭で平蔵と顔を合わせた。

「景信の件……聞いた」

平蔵は煙草を吹かし、短くうなずいた。

「身分ある者に刃を向けたところで、裁きはこうだ。武士の名の下では、罪は軽くなる。それがこの町だ」


「そんな理屈で、町人や農民が死んでいくのか」

鉄斎の声には抑えた怒気が混じる。

「お前も知っているだろう、鉄斎。身分は力だ。刀や腕前よりも、もっと厄介な力だ」


その夜、鉄斎は一人で町を歩いた。提灯の明かりが石畳に揺れ、路地の奥に人影が消える。

――景信はまだ牢の中にいる。それでも町を脅かしている。

――そして、それを止める術は、奉行所にはない。


自分は武士でも町人でもない。浪人の立場で、捕物を生業にしている。しかし、この制度の中にいる限り、いくら捕らえても同じことが繰り返される。

身分という檻は、牢よりも頑丈だ。


「……また会うことになるかもしれんな、景信」

そう呟く声は、夜風に溶けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ