牢からの脅威
奉行所の広間に、縄付きの片倉景信が引き立てられた。
まだ捕縛から二日も経っていない。だがその顔には疲れの色はなく、むしろ余裕さえ漂っている。
「片倉景信、数々の盗み、殺しの罪、相違ないな」
与力が低い声で問いかける。
景信は鼻で笑い、肩をすくめた。
「証拠はあるのか? 殺しだって、俺じゃねぇ奴もいるだろうよ」
鉄斎は背後からそのやり取りを見ていた。景信の態度は、恐怖からではなく確信から来ているようだった。
――捕まっても、大した罪にはならない。そういう自信だ。
証拠は十分だった。黒鴉一味の残党が自白し、押収した武具や金品も揃っている。だが、それらは奉行所内で上に上がると、微妙に扱いが変わっていった。
やがて奥から奉行が現れた。白い直垂に威厳を纏い、景信を一瞥する。
「……旗本家の三男。血筋を汚す所業、遺憾である」
景信は軽く頭を下げただけで、何も言わない。
鉄斎は奉行の目の奥に、一瞬の迷いのようなものを見た。
「罪状は重いが、御家の面目もある。よって――無期の牢入りとする」
その言葉に、鉄斎の眉がぴくりと動いた。
牢死を待つ身とはいえ、打ち首も遠島もない。武士の身分が、この男を死から救った。
景信は口元に薄く笑みを浮かべた。
「ありがたく、いただきますよ」
鉄斎は拳を握りしめた。渡辺ら仲間の命が、この軽い言葉で踏みにじられた気がした。
***
月日が経ち、鉄斎の耳にある噂が届いた。
――片倉景信、牢名主となる。牢内で絶対的な力を握り、牢役人さえも手なずけた、と。
さらには牢から指示を飛ばし、江戸の町で辻斬りや押し込みが再び増えているという。
鉄斎は奉行所の裏庭で平蔵と顔を合わせた。
「景信の件……聞いた」
平蔵は煙草を吹かし、短くうなずいた。
「身分ある者に刃を向けたところで、裁きはこうだ。武士の名の下では、罪は軽くなる。それがこの町だ」
「そんな理屈で、町人や農民が死んでいくのか」
鉄斎の声には抑えた怒気が混じる。
「お前も知っているだろう、鉄斎。身分は力だ。刀や腕前よりも、もっと厄介な力だ」
その夜、鉄斎は一人で町を歩いた。提灯の明かりが石畳に揺れ、路地の奥に人影が消える。
――景信はまだ牢の中にいる。それでも町を脅かしている。
――そして、それを止める術は、奉行所にはない。
自分は武士でも町人でもない。浪人の立場で、捕物を生業にしている。しかし、この制度の中にいる限り、いくら捕らえても同じことが繰り返される。
身分という檻は、牢よりも頑丈だ。
「……また会うことになるかもしれんな、景信」
そう呟く声は、夜風に溶けた。




