片倉景信
四方から刃の光が迫るのを見て、片倉景信は初めて目を細めた。
「……囲まれたか」
だが、その声音には焦りはない。
「構わねぇ。皆、やれ!」
号令と同時に黒鴉一味の手下たちが動いた。土蔵の壁を背に、突撃する者、脇差を抜いて斬りかかる者――闇の中で鋼がぶつかり、火花が散った。
平蔵の部下の一人、渡辺が景信の脇腹を狙って踏み込む。しかし景信はその刃を受け流し、返す刀で渡辺の喉を一閃。血が夜気に霧となり、渡辺は言葉もなく崩れ落ちた。
「渡辺!」別の部下が叫び駆け寄るが、その背に別の黒鴉が飛びかかり、短刀を深々と突き立てた。
二人、瞬く間に命を落とす。
鉄斎はその光景を見て歯を食いしばった。平蔵の部下たちは精鋭だが、景信は旗本時代に鍛えられた武芸者。しかも盗賊団を率いる度胸と残忍さを併せ持つ。
平蔵は冷静に全体を見渡し、残りの部下に後退を指示する。
「鉄斎……奴はお前に任せる。生け捕りにしろ」
景信は血の付いた刀をひらりと振り払い、鉄斎に向き直った。
「へぇ、あんたが噂の鉄斎か。平蔵が信頼してるって話だが……俺を捕らえる? 笑わせる」
「笑っていられるのも今のうちだ」
互いに間合いを詰め、一歩。
最初の一合は速かった。景信の斬撃は槍の間合いを思わせる伸びやかさで、鉄斎の頬をかすめた。すかさず鉄斎も反撃、胴を狙った一刀は景信の下段受けに阻まれる。火花が散り、双方が一歩退いた。
二合、三合――刃と刃がぶつかるたび、腕に伝わる衝撃が増していく。景信の剛力は凄まじく、刀が軋む音が耳に嫌な感触を残す。鉄斎もまた必死に受け返すが、景信の突きが左肩をかすめ、熱い痛みが走った。
「どうした、鉄斎! その程度か!」
景信の挑発に、鉄斎は低く息を吐く。
「……ならば」
次の瞬間、鉄斎は踏み込みと同時に全身の力を刀に込め、渾身の一撃を叩きつけた。景信も同時に大上段から振り下ろす。
ガギィン!
耳を裂く音とともに、二人の刀が同時にへし折れた。折れた刃が月明かりの下を舞い、土蔵の土間に落ちる。
一瞬の静寂。
だが、景信は折れた刀身を逆手に握り、突きかかってきた。鉄斎はそれを紙一重で避け、刃のない柄を投げ捨てた。
「勝負だ、景信」
次の瞬間、鉄斎は両腕を伸ばして景信の胴を抱え込んだ。
「……相撲か!」
驚きの声を上げる景信。しかし次の瞬間、鉄斎の腰が沈み、背筋がうなりを上げる。土俵の上で鍛えられた寄りの力が一気に炸裂し、景信の足が宙を舞った。
ドンッ――!
景信の背が土間に叩きつけられ、息が詰まる音がした。なおも暴れようとする腕を極め、馬乗りになって押さえ込む。
「くっ……離せ!」
「もう終わりだ」
周囲を固めていた平蔵の部下たちが駆け寄り、景信の両手に縄が掛けられる。なおも睨みつける景信に、平蔵が静かに歩み寄った。
「景信。お前は旗本の名を汚した。裁きはすぐ下る」
景信は吐き捨てるように笑い、顔を背けた。
鉄斎は深く息を吐く。折れた刀の残骸が手の中にあり、刃先には渡辺らの血がまだ乾いていなかった。
夜明けが近づき、両国の空が薄く白み始めていた。
鉄斎の耳には、平蔵の低い声が残った。
「……よくやった。だが、次はもっと部下を生かしてくれ」
その言葉は、戦いの興奮を冷ます氷のように、鉄斎の胸に沈んだ。




