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司法取引と見世物小屋

両国広小路の夜は、人の気配が途絶えることがない。昼は相撲や見世物小屋で賑わい、夜は提灯の灯りが軒を連ね、酒と焼き物の匂いが漂う。だが、今日の鉄斎は浮かれてはいなかった。

長谷川平蔵から直々に命じられた張り込み――その舞台は、両国の見世物小屋の裏手にある、古びた土蔵を改造した拠点だった。元は芝居一座の道具蔵だったらしいが、今は「黒鴉一味」の根城だと判明している。


情報の出所は、先日捕らえられた黒鴉一味の元幹部。死罪を免れるために、拠点の場所を白状した。

「司法取引」という言葉はまだない時代だが、命と引き換えに情報を売るのは昔から同じだ。平蔵はその口の軽さを見逃さず、すぐに行動に移した。


裏通りに潜み、鉄斎と平蔵、そして平蔵配下の精鋭五名は、交代で土蔵の出入りを見張っていた。月明かりは雲に隠れ、通りの片隅では野良犬が骨をかじる音が響く。

黒鴉一味の見張りは、入れ替わり立ち替わり二人ずつ。腰には脇差、懐には鉄砲を忍ばせている様子も見える。奴らの目は鋭く、ただの浮浪人とは違う。時折、通りがかった酔っ払いを睨み返すだけで、そいつはすぐ足を速めて去っていった。


「……来るな」

鉄斎が低く呟く。

平蔵は扇子で顎を指し、わずかに頷いた。

「慌てるな、鉄斎。奴は用心深い。必ず複数の仲間と動く」


数刻が過ぎた。夜半を回った頃、見張りの動きが変わった。二人のうち一人が奥に引っ込み、代わりに外から足音が近づく。

やがて、通りの向こうから提灯を掲げた一団が現れた。中央には、裃姿に羽織を無造作に着た長身の男。顎には薄い無精髭、目は獣のように光っている。

旗本の三男にして黒鴉一味の頭領――片倉景信。もとは槍の腕を買われ、旗本屋敷の用心棒役も務めたが、家督を継げぬ身と知ると酒と博打に溺れ、やがて徒党を組み盗賊に身を落としたといわれる。


景信が土蔵の戸口に近づくと、見張りが深々と頭を下げた。その瞬間、平蔵の目が光る。

「……動くぞ」

短く告げると、手で合図を送り、部下三名が南側の路地へ、二名と鉄斎が北側へ回り込む。土蔵の裏手は狭く、囲い込みが決まれば逃げ道はない。


鉄斎は北側の路地で刀を抜き放ち、息を潜める。板塀越しに聞こえる景信の声は、思ったより落ち着いていた。仲間に指示を飛ばし、戦利品の分配について談笑している。

その間に、平蔵は正面に進み出た。白い小袖の裾を払うように歩き、闇の中から姿を現すと、景信たちの前に立ちはだかった。


「片倉景信――」

その名を、江戸の夜に響くほどの声で呼び捨てる。

「火付盗賊改方長官・長谷川平蔵だ。お前の悪行、もはや見逃せぬ。大人しく縄につけ」


一瞬の静寂。景信の口元が歪み、低く笑い声を漏らした。

「へぇ……平蔵様自らお出ましか。俺を捕らえるために、わざわざとは光栄なこった」

背後の部下たちが刀の柄に手をかける。だが、土蔵の周囲を包囲していることにはまだ気づいていない。


平蔵は一歩も退かず、扇子をゆっくり畳む。

「景信。今日は囲いを狭めてきた。逃げ場はない」

その声と同時に、四方の闇から鉄斎と平蔵の部下たちが姿を現す。刃の反射が月光を跳ね返し、土蔵の前は一瞬にして緊張の渦に包まれた。


ここから先は、もう後戻りはできない。


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