火付盗賊改方との再会
その知らせは、思いがけないところから降ってきた。
奉行所の詰め所で帳面を改めていた鉄斎に、与力が声を掛けた。
「鉄斎殿、火付盗賊改方の長谷川平蔵様が、お会いになりたいそうです」
鉄斎は眉を動かした。
長谷川平蔵──かつて一度、直接に口説かれた男だ。あのときは江戸に腰を据える気もなく、正式な役人になる道は断った。だが、その豪胆さと冷静さは記憶に焼き付いている。
そして今回の話は、一度限りの協力だという。さらに「金も良い」とくれば、断る理由はない。
「分かった。会おう」
その日の夕刻、鉄斎は人目を避けるように日本橋の裏手にある茶屋の二階へ上がった。そこには、相変わらず背筋の伸びた長谷川平蔵が、薄く笑みを浮かべて座していた。
「お久しぶりですな、鉄斎殿」
「平蔵殿もお変わりないようで」
二人は互いに軽く頭を下げ、腰を下ろした。
茶が運ばれ、短い沈黙の後、平蔵が口火を切った。
「率直に申しましょう。──今回は、少々厄介な大元締めを追っています」
その声音は穏やかだが、瞳は鋭く獲物を狙う鷹のようだった。
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大元締めの素性
「名は……今は言えません。ただ、そやつは並みの盗賊ではない」
平蔵は、ゆっくりとした口調で続けた。
「元は旗本の三男坊。幼少より武芸も学問もそこそこに身につけておった。だが、家督は長兄が継ぎ、次兄は養子に出された。三男のそやつには何も残らなかった」
鉄斎は黙って耳を傾けた。武家社会の三男の行く末など、珍しい話ではない。だが、平蔵の語る声色には、ただの放蕩息子では済まぬ気配があった。
「ある日、自らの行く末に絶望したのか、突然家中で暴れた。家財を壊し、家臣を殴り、挙げ句の果てに城下で辻斬りまがいのことまでしでかした。勘当は当然。だが、そこからが始まりだった」
「……始まり、とは?」
「江戸の裏町へ潜り、日銭を稼ぐ博打打ちや香具師どもとつるみ始めた。そやつの特技は二つ。ひとつは武芸、もうひとつは、人を惹きつける口。どんな荒くれ者も、あっという間に子分に変わる」
平蔵は茶をすすり、一拍置いて言葉を続けた。
「今では、数十人規模の徒党を抱える大元締めだ。火付、押し込み、香具師の取りまとめまでやっておる。まるで商家の番頭のように組織をまとめ、無駄がない。おまけに残虐な一面もあり、逆らった者は見せしめに容赦なく潰す」
鉄斎の眉間に皺が寄った。
「武芸も、頭も、そして統率力もある……面倒な相手だな」
「まさにそれです。役人を潜り抜け、密偵を籠絡し、痕跡を残さぬ。何人も捕り方を差し向けましたが、尻尾すら掴めぬ始末。そこで、顔の知られていない貴殿に頼みたいのです」
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一度限りの協力
平蔵は懐から小袋を取り出し、卓の上に置いた。
小袋はずしりと重く、振れば硬貨の乾いた音がした。
「これは前金。残りは首尾よく奴を捕らえたあとに。──もちろん、表立った手柄は差し上げられません」
鉄斎は袋を手に取り、中身を確かめもせずに懐へ収めた。
「一度きりだな」
「ええ、一度きりです」
二人の視線が交わる。短くも濃い沈黙が落ち、その間に互いの腹の内を探るような気配が漂った。
「面白そうだ。引き受けよう」
鉄斎の返事に、平蔵の口元がわずかに緩んだ。
「では、これより詳細をお話ししましょう──」
その声は低く、茶屋の障子を隔てた外の喧騒が遠のくほど、二人だけの世界へと沈んでいった。




