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牢の静けさ

 奉行所の奥、土間の匂いが濃い廊下を、鉄斎は無言で歩いていた。先日捕らえた町の不良四人組が、裁きの前に全員死んだ――と、同心仲間から聞いたばかりだった。

 記録では「病死」。だが、牢に入ってわずか一月で四人全員が死ぬなど、どう考えてもおかしい。


 鉄斎は廊下の角で足を止めた。

「……あの牢は何だ」

「何って、牢だよ」隣を歩く与力が肩をすくめた。「寒けりゃ病も早えし、喧嘩もある。病死って書いときゃ、それで片がつく」

「人の命を“片”で済ますのか」

「済ますんだよ。牢ん中の奴らにゃ、命の値打ちはねぇ」


 その言葉が、鉄斎の耳に嫌な音を立てて残った。あの四人組は確かに悪だった。だが、縄にかかってからは抵抗もせず、罪の重さを自覚していた。裁きの場も与えられず、闇に葬られる――それが奉行所のやり方か。


 鉄斎は足を踏み出し、牢屋敷の見張りに声を掛けた。

「篤彦に会わせろ」

 見張りは片眉を上げたが、鉄斎だからと頷いた。「面会は短ぇぞ」


 格子の前に案内されると、向こう側から小柄な影が近づいてきた。髪は伸び、顔は少し痩せていたが、目つきは以前より穏やかだった。篤彦だ。


「……鉄斎さん!」

「元気そうだな」

「ええ、まぁ。牢の中じゃ、外より楽なこともあるんですよ」


 鉄斎は格子越しに彼を見つめた。篤彦は粗末な木綿の着物を着ていたが、その袖や裾には縫い直しの跡がきれいに揃っていた。


「牢名主の宇之吉さんが、縫い物をやらせてくれるんです。破れた着物や布団を直すと、飯を多めによそってくれる。それに、変な奴らに絡まれないよう守ってくれる」

「……お前、可愛がられてるってやつか」

「ええ、そうみたいです」篤彦は照れくさそうに笑った。「ここじゃ、力より手先の器用さが役に立つんですよ」


 鉄斎は少しだけ安堵した。あの四人組のように、弱者が搾り取られ、飢え死にする現実を見たばかりだったからだ。


「そういえば……あの四人組、どうなったか知ってるか」

 篤彦は一瞬ためらい、声を落とした。

「……聞きました。全部、宇之吉さんが“処分”したって。あいつら、俺から奪った金で豪遊してたくせに、牢に入っても礼を尽くさなかった。だから……まぁ、当然の報いだって」


 その表情は、恐怖よりも安堵に近かった。

「俺、正直ほっとしましたよ。外に戻ってもまた奴らに怯えるのかと思ってたから」


 鉄斎は言葉を失った。外の町で生きるより、牢の中のほうが安全だと言い切る篤彦。それは牢名主の支配という歪んだ秩序の中での“安らぎ”だった。


「……篤彦、ここから出たらどうする」

「出ても、また働きます。でも……次は奪われないように、もっと腕を上げたい」

 篤彦はそう言って、自分の指先を見つめた。節々には針仕事でついた小さな傷があり、その傷跡が彼の牢内での日々を物語っていた。


 面会の時間が終わり、見張りが催促の咳払いをする。

「じゃあな、篤彦。……身体を壊すなよ」

「はい。また来てください」


 牢を出ると、外の空気が冷たく頬を刺した。だが鉄斎の胸には、篤彦が見せた淡い笑顔と、四人組の無惨な最期が、同じ牢の中で起きているという矛盾が重くのしかかっていた。


 ――裁きもなく命を奪う牢の仕組み。

 ――外よりも中の方が“まし”だと言う囚人。


 鉄斎は歩きながら拳を握った。

 もしこの在り方が正しいと皆が思っているなら、自分はどこまで関わり、どこまで黙っていられるのか――答えは出なかった。


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