勇平之助という男
勇平之助と初めて出会ったのは、鉄斎が八歳のころだった。
彼の家は鉄斎ほどの家柄ではなかったが、それでも城下では名の知れた武家で、親同士も顔見知りだった。
歳は二つ上。背が高く、口のうまい少年で、城下の寺子屋を抜け出しては一緒に川で魚を獲り、裏山で竹刀を振り回した。
「鉄斎、お前は真面目すぎる。もっと気楽にやれよ」
当時はその軽さが眩しかった。
だが、十六を過ぎる頃から勇平之助は変わり始めた。
酒を覚え、茶屋で女中と戯れ、次第に稽古にも顔を出さなくなった。
武士の身分を笠に着て、町の商人から不当な値で品を取り立てるようになったと聞く。
「武士が商人から取り立てるのは当たり前だろう。俺は強くなったんだ」
そう言って笑った時、鉄斎は初めて彼を「友」ではなく「厄介者」と見た。
やがて勇平之助は詐欺まがいの金集めに手を染め、藩の中でも評判の悪い存在となった。
ついに藩主の耳にも届き、家は彼を勘当。武士の籍を失ったその日、勇平之助は姿を消した。
数日後、三河の町に手配書が貼られる。罪状は「詐欺」「強奪」「脱藩」。
鉄斎は貼り紙を見つめ、あの川遊びの日々を思い出しながらも、もう会うことはないだろうと思った。
──それから数年後、江戸の夜の遊郭で再会し、縄を掛けた。
奉行所から受け取った賞金は、それなりに重みのある小袋だった。
その夜、鉄斎は一人、安酒屋の隅で杯を傾けた。
「……あいつも、あのまま真っ当に生きていればな」
酒は苦く、胸の奥がざらつく。だが、日銭は日銭だ。
空になった杯を置くと、鉄斎はまた無言で夜の江戸へ歩き出した。