出っ歯の篤彦
秋風が町を渡り、子どもらの笑い声が小路にこだまする午後。神谷鉄斎は、珍しく用もなく町を歩いていた。ふと、路地の奥に色とりどりの凧や独楽、木製の人形を並べた玩具細工屋の暖簾が目に入る。
軒先には子どもが群がり、掌の中で色を変える独楽を楽しそうに回している。その光景を眺めながら暖簾をくぐったその瞬間、鉄斎の視界の隅で妙な動きがあった。
背の高い、まだあどけなさの残る少年が、棚の奥から独楽を両袖に詰め込んでいる。振り返った顔は細く、目が泳いでいる。大きく突き出た前歯が目立ち、必死の形相だった。
「おい、何してやがる」
低い声が飛ぶや否や、少年は弾かれたように外へ駆け出す。しかし鉄斎の長い脚はあっという間に追いつき、肩をつかんで引き倒した。地面に転がった少年の袖から、鮮やかな塗りの独楽がごろごろと転がり出る。
「離せぇ! 俺は悪くねぇ!」
必死にもがくが、力の差は歴然だった。縄をかけられると、少年――篤彦は途端に声を張り上げ、泣き喚き始めた。
奉行所に引き立てられ、取り調べが始まる。奉行は落ち着いた声で問いかけた。
「篤彦と申すか。何故こんな真似をした」
「……欲しかったんだ。あの独楽が」
「給金はあるはずだ。それで買えばよかろう」
すると篤彦は唇を噛み、涙をこらえながら吐き出した。
「毎日……帰り道で取られるんだ。あいつらに」
奉行が目を細める。鉄斎も背後で腕を組み、耳を傾ける。篤彦の言葉は続いた。
「給金なんて、その日のうちに……。遊び人みたいな連中が待ち伏せして、俺の懐をひっくり返すんだ。何度も……」
この訴えはすぐに町方によって調べられ、事実と判明した。篤彦は弱い立場をいいことに、地元の不良たちに頻繁に金を巻き上げられていたのだ。
しかし、盗みの事実が消えるわけではない。奉行は深くため息をつき、言い渡した。
「事情は酌む。だが盗みは盗みだ。牢に入れ、心を改めさせる」
そうして縄をかけられた篤彦は、再び子どものように泣き叫んだ。牢へ送られる道中も、嗚咽はやむことがなかった。
鉄斎はその背を見送りながら、胸の奥に小さな棘が刺さる感覚を覚えていた。
――もし、この町の理が、弱い者から奪う者を先に裁いていれば。
独楽を転がして笑う子どもらの声が、やけに遠く感じられた。




