純一の儲け話
純一は、町で知られた好人物だった。
生まれは大店〈おおだな〉の長男。幼き頃から何不自由なく育ち、奉公人からも可愛がられた。笑えば福々しく、誰とでも冗談を言い合える性格は、多くの友を引き寄せた。
しかし、父は息子の商才に見切りをつけていた。帳簿を持たせれば数字を飛ばし、取引先ではつい酒に誘われ、夕方には酔って帰る。
やがて父は、店を次男に継がせることを決断した。
「純一、お前はお前の好きに生きろ」
それが甘やかしであったことを、誰も否定できなかった。
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転機は、春の市の夜に訪れた。
長屋裏の小座敷で、奇妙な男が商いの話をしていた。
「十人集めれば、ひと月で金が倍になる。集めた者がまた十人を呼べば、雪のように増えてゆく」
扱うのは米札――米の引換証である。元手を出し、仲間を連れてくれば、自分は働かずとも利が入るという仕組みだった。
純一はすぐに飛びついた。
「これなら俺でも稼げる!」
最初のうちは小遣い稼ぎ程度だった。だが月が経つごとに彼は目の色を変えた。旧友を誘い、次男の店にも顔を出し、さらには弟まで勧誘しようとした。
「兄さん、やめてくれ。そんな話は怪しい」
弟の懇願にも耳を貸さず、純一は町中で笑顔を振りまきながら「倍々の儲け話」を語り歩いた。
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やがて被害の声が奉行所へ届く。
「元手を渡したが、一銭も戻らぬ」
「証文通りの米は届かぬどころか、連判の主が姿を消した」
純一が関わる『倍札講』は、仕組みこそ巧妙だが、初めから破綻することが定められた詐欺であった。
奉行所は純一の捕縛を決定。高額の賞金首として手配書が町中に貼られた。
「捕らえた者には銀三十枚」――鉄斎もこれを見て動き出す。
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探し当てるのに時間はかからなかった。
純一は逃げ隠れするでもなく、往来を歩いていた。だが、その姿は以前の朗らかな顔ではない。頬はこけ、髷は乱れ、着物の袖は泥にまみれていた。
鉄斎が距離を詰めたその時――人だかりがざわめき立った。
純一は倒れた。
胸元に深く刺さった短刀。血が畳を染める。周囲には誰も近寄らず、ただ囁きが飛び交った。
「ざまあみろ」「あいつに金を騙し取られた」
恨みは一人や二人のものではなかった。
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鉄斎は刀を抜くでもなく、静かに跪いた。
純一は薄く目を開き、唇を震わせた。
「鉄……斎か……」
「ああ」
「……俺は……間違えたな……」
その声は途切れ、二度と戻らなかった。
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奉行所にて、調べは迅速に終わった。
殺しの下手人は分からず、町全体が黙して語らなかった。
役人の一人は溜息まじりに言った。
「誰がやったかなど、我らも知りたくないのだろう。これほどの恨みを買えば、いずれこうなる」
鉄斎は帰り道、夕暮れの川辺に立ち、遠くの水面を見つめた。
――自由に生きろと言われた男が、自由の果てに掴んだのは孤立と死。
それは、誰にでも起こりうる末路だった。




