大男の輝尚
輝尚――その名を聞けば、町の子供は歓声を上げ、年寄りは眉をひそめる。
二十歳そこそこの若造にして、背丈は二メートル近く。裸足で踏み込まれれば床がきしむほどの巨体を持ちながら、笑えば子供のような顔になる。悪意ある悪事は働かない。だが、悪ふざけの度が過ぎてはしばしば騒動の中心に立っていた。
その日、奉行所に一つの訴えが届く。
「増水した川で若い衆が溺れ死んだ。度胸試しを仕掛けたのは輝尚だ」
役人は渋い顔をし、鉄斎の名を呼んだ。
「お前の手で確かめろ。あの大男は素手では容易に捕らえられまい」
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鉄斎はまず輝尚の元を訪ねた。
川沿いの質素な長屋。戸を開けると、大男は畳に正座し、目を真っ赤にしていた。
「俺のせいで……あいつは……」
鼻をすすりながら、輝尚は言葉を詰まらせた。礼儀正しく頭を下げるその姿に、鉄斎は一瞬、手配書の内容を疑った。
だが胸の奥にわずかな引っかかりが残る。
「……夜が更けてから、仲間を訪ねてみるか」
鉄斎はそのまま帰る素振りを見せ、日暮れを待った。
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夜半、事件に関わったとされる若者の家をひとつずつ回った。
最初の二人は言葉を濁し、互いに顔を見合わせた。三人目の口が、ついに開いた。
「輝尚兄ぃはな、あの日、あんまり気が乗ってなかったんだ。けど、川の前で……」
その声は震えていた。
「泳げねぇって言う子分を、みんなの前で笑ってな。『男なら飛び込め』って。……あいつ、川に入った途端、流されちまったんだ」
鉄斎のこめかみがぴくりと動く。
――礼儀正しい顔で涙を流していたあの姿は、計算か、それとも自分への嘘か。
どちらにせよ、人ひとりを死なせた咎は重い。
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翌朝、鉄斎は輝尚の長屋に踏み込んだ。
「おい、輝尚。話を聞かせてもらう」
大男はうつむき、ぽつりと言った。
「あいつが泳げないなんて、知らなかったんだ……」
鉄斎はにらみつけた。
「知らなかったで済むと思うな。増水した川に飛び込めばどうなるか、子供でも分かる」
立ち上がった輝尚は鉄斎を見下ろすほどの巨躯だ。しかし、構えた瞬間、鉄斎の膝蹴りが脇腹に突き刺さった。巨体がぐらりと揺れ、縄がかけられるまでに抵抗らしい抵抗はなかった。
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奉行所に引き立てられた輝尚は、ひざまずいたまま黙って判決を聞いた。
「輝尚――お前は仲間を死に至らしめた。これを死罪相当とすべきところ、悪意は薄く、またこれまで町人に害を与えた事もなし。よって遠島三十年の刑とする」
傍らの同心が説明を加えた。
「島送りだ。三十年、生きて戻れるかは分からん」
輝尚は、ただ深く頭を垂れた。
その背を見ながら、鉄斎は胸の奥に微かな後味の悪さを覚えた。悪人ではない。だが、無知と驕りが人を殺すこともある――そう噛みしめながら、奉行所を後にした。




