女と3人組の輩
その日は、朝から妙に歯車がかみ合わなかった。
まずは出かけてすぐ、草履の鼻緒がプツリと切れた。長屋に戻るのも面倒で、鉄斎は仕方なく鼻緒を結び直し歩き出す。ところが数町も行かぬうちに、運悪く道端の猫のフンを踏みつけた。
「……ちっ」
その匂いと不快感に顔をしかめていると、後ろから片桐新左衛門が歩いてきた。
「おやまぁ、運が付いたじゃねぇか」
「お前……それ、面白ぇと思って言ってるのか?」
「はは、笑い話になるさ」
笑いながら新左衛門は先を歩いていった。鉄斎は返事もせず、ただ眉間の皺を深くした。
そうして最後の仕上げと言わんばかりに、江戸に来たばかりの田舎者が路地裏からふらりと現れ、いきなり胸ぐらを掴んできた。
「おい、兄さんよ。ここらの道案内してくれや」
「てめぇ、人に物を頼む態度ってもんを知らねぇのか」
軽く肩を捻り上げると、田舎者はあっさり降参し、泣きが入った。鉄斎はそのまま奉行所へ引きずって行き、面倒事を片付けた頃には日がまだ高かった。
(今日はもう酒でも飲んで寝ちまうか)
そう決めると、行きつけの酒場で昼間から杯を重ねた。肴も酒も格別うまいわけではないが、腹の虫はようやく静まった。ほろ酔いの足取りで帰路につく。空はまだ夕焼け前の明るさだが、布団にもぐってしまえばもう関係ない。
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しかし、そう簡単に一日は終わらせてくれなかった。
路地を曲がった先で、女の悲鳴が耳に飛び込んできた。声の方を見ると、女が三人組の男に囲まれている。袖を引かれ、腰を押さえられ、必死に逃れようとしている。
女の目が鉄斎を捉えた。
「助けて! お願い!」
走り寄るなり、女は鉄斎にしがみついて離れない。だが、鉄斎は顔をしかめてその手を突き放した。
「離れろ。くっつくな」
三人組のうちの一人が、酔ったような口調で近寄ってくる。
「おい兄さん、関係ねぇだろ」
「そうか? なら、これはどうだ」
鉄斎は返事代わりに肘を鋭く突き上げた。男の顎に直撃し、白目をむいたまま地面に崩れ落ちる。
「てめぇ!」もう一人が殴りかかってくるが、鉄斎は軽く身を捻り、肩を掴んで地面に叩きつけた。衝撃で呼吸が止まり、そのまま失神。
残る一人は一瞬ためらったが、怒声を上げて突っ込んできた。鉄斎は足払いで体勢を崩し、倒れたところに馬乗りになると、拳で容赦なく顔面を打ち据えた。三度、四度――やがて男は反応を失った。
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こうして三人組をまとめて捕縄で縛り、女と一緒に奉行所へ向かうことになった。事情を聞けば、三人はこの界隈で女子供や老人ばかりを狙っていた常習犯だったらしい。奉行所の役人は感謝の言葉を述べ、女は涙を流して鉄斎に礼を言った。
そのときは、それで終わるはずだった。
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だが翌日、長屋の前に立っていたのはその女だった。
「おはようございます、鉄斎さん。今日もお出かけですか?」
「……なんでいる」
「だって、命の恩人ですもの。お手伝いさせてください」
それからというもの、女は鉄斎の後をついて回った。買い物に行けば荷物を持ち、食事をすれば隣に座る。新左衛門と話していれば、ちゃっかり会話に割り込んでくる。
新左衛門は楽しそうに笑った。
「こりゃあ良かったな鉄斎。護衛が一人増えたじゃねぇか」
「うるせぇ。これじゃ監視が二人になっただけだ」
女は笑顔、新左衛門も笑顔――だが鉄斎だけは眉間の皺を深くするばかりだった。
自由に街を歩ける日は、しばらく訪れそうになかった。




