表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/68

崇人との再戦

あれから四カ月。

鉄斎の長屋は妙に静かだった。江戸に悪人は絶えぬといえど、ここ最近は目ぼしい手配書も出回らない。鉄斎は畳に寝転び、退屈そうに天井を見上げていた。


「こうも平穏だと、体が鈍っちまうな……」

そうぼやいた瞬間、戸が乱暴に開かれた。


「鉄斎……逃げろ……」

現れたのは片桐新左衛門だった。だが、その姿はボロボロだった。顔は腫れ上がり、唇からは血が滴り、衣は破れ、肩で息をしている。言葉を吐き終えるや否や、その場に崩れ落ちた。


「おい、新左衛門!」

鉄斎が駆け寄り抱き起こすと、背中には無数の打撲と擦過傷があった。誰がこんな真似を――そう考えた瞬間、外から重い足音が近づいてきた。


戸口に立った影、その巨体は見覚えがある。

「……崇人」


「よう、鉄斎」崇人はにやりと笑った。

「お前との勝負、もう一度やりたくてな。偶然あの侍(新左衛門)を見つけたんで、居所を聞いたが……吐かねぇから、ちょっと躾けてやった」


その言葉に、鉄斎の中で何かが切れた。

「……てめぇ、よくも」

「ほぅ、その目。やっと血が騒いできたか」


二人は長屋の外、井戸のある広場に出た。周囲に人影はなく、風だけが埃を巻き上げている。崇人は両拳を握りしめ、戦闘態勢を取る。


だが鉄斎には、前回と同じように正面から打ち合うつもりはなかった。

(素手の殴り合いじゃ、あの打撃にまた骨を折られる)

呼吸を整え、一歩踏み出すと同時に――鉄斎は膝を深く曲げ、低い位置から蹴りを放った。狙いは崇人の右膝。


「ぐあッ!」

骨に響く鈍い感触。崇人は体勢を崩し、その巨体が傾く。膝を抱えうずくまった瞬間、鉄斎は素早く背後に回り込み、捕縄を崇人の首と腕に絡めた。


「なっ……正々堂々……!」

「そんな義理はねぇ。お前がやったのはただの暴力だ」

縄をきつく締め上げると、崇人は苦悶の声を上げ、そのまま地面に倒れ込んだ。


こうして崇人は再び奉行所へ送られた。



---


奉行所では、今回は甘くはなかった。余罪を含め、厳しい取り調べが三日三晩続く。

三日目の夜、崇人はふと口を開いた。

「そういや……川で見つかった二つの死体、あれは俺だ」


役人たちは息を呑んだ。その事件は長らく未解決だった。被害者は賭場で崇人と揉めた二人の男だ。崇人は何のためらいもなく、殴り殺して川に沈めたことを語った。


この自供により、崇人の罪は決定的となった。奉行所の裁きは――島流し。生涯江戸には戻れぬ身となった。



---


島流し当日、鉄斎は船着き場に足を運んだ。新左衛門の怪我はようやく癒えつつあったが、本人はまだ鉄斎に同行するほどの力は戻っていない。


船の甲板に立つ崇人は、まるで罪人の顔ではなかった。背筋を伸ばし、どこか晴れやかな表情をしている。

「鉄斎!」と声を張り上げる。

「次は正々堂々やろうな!」


その言葉に、鉄斎は一瞬言葉を失った。

「お前……何も悪びれてねぇのか」

「当たり前だ。俺は俺のやり方で生きてるだけだ」


沖へと出る船の上で、崇人はいつまでも笑っていた。

鉄斎はその背を黙って見送った。あの男が本当に更生する日は来るのか――いや、おそらく来ないだろう。だが、再び拳を交える日があるなら、それはそれで悪くはない。


潮風が頬をかすめ、鉄斎は長屋の方角へ歩き出した。

江戸の空は快晴だったが、胸の内には重い影が残っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ