片桐新左衛門という護衛?監視?
片桐新左衛門は、三河から江戸までの帰路を共にしたその日から、鉄斎の傍を離れようとはしなかった。
江戸に戻って二日目、朝の空気を吸いながら町へ出た鉄斎は、背後に感じる妙な気配に眉をひそめた。
「……おい、新左衛門」
「はい」
「なぜまだ俺の後をつけている」
新左衛門は涼しい顔で答える。
「つけている、とは心外ですね。護衛をしているのです」
「護衛だと?」
「ええ。宏典様から直接仰せつかりました。『鉄斎を守れ』と」
鉄斎は鼻で笑った。
「守る? 監視の間違いじゃないのか」
新左衛門は口角を上げ、肩をすくめた。
「まあ、どちらとも言えますな」
鉄斎は舌打ちしながら歩を進める。
そうして二人は、今日も江戸の町を見回る。
◆
鉄斎は自由気ままに歩きながらも、周囲の人々の視線や空気を敏感に感じ取っていた。
賑わう魚市場、行商の声、茶屋の香り――そこに混じる、微かなざわめきや視線の動き。
それらを鋭く見抜くのが、鉄斎の勘だった。
「なあ新左衛門」
「何です」
「あの屋台の隣の男、腰の袋に手を入れたまま動かん。多分、すりだ」
新左衛門はちらと目をやり、ふっと笑った。
「お見事」
二人が近づくと、男はあわてて立ち去ろうとしたが、鉄斎の手が襟首を掴み上げる。
「おっと、落とし物だろ」
袋の中からは銀貨が数枚こぼれ落ちた。
その場を奉行所に引き渡し、再び町へ戻ったところで、一人の男が二人の前に立ちはだかった。
◆
「おや、これは鉄斎殿。お久しゅうございますな」
朗らかな笑顔の下に、眼光の鋭さを隠しきれぬ男――火付盗賊改方の長谷川平蔵であった。
「平蔵か。何の用だ」
「お二人ほどの腕前を見込んでの話です。火付盗賊改方にお力を貸していただきたい」
新左衛門が怪訝そうに目を細める。
「ほう、正式なスカウトですか」
平蔵は頷き、懐から紙を差し出した。そこには役目の内容と給金が記されている。
鉄斎はそれを一読し、眉をひそめた。
「……安いな」
「安いと?」平蔵が苦笑する。
「俺は賞金首を捕まえるだけで、この倍は稼いでいる。わざわざ組織に縛られる理由がない」
「しかし、我らと共に働けば――」
鉄斎は手を振って遮った。
「悪いが、俺は自由に動く方が性に合っている。それに、蓄えは十分にある」
新左衛門が横から茶々を入れる。
「まあ、この人間を縛ろうなどと考えるだけ無駄です」
平蔵は苦笑し、深くため息をついた。
「わかりました。だが、いざという時には呼びますぞ」
「その時は気が向けばな」
鉄斎は笑い、新左衛門と共にその場を去った。
◆
夕暮れ、二人は川沿いを歩いていた。
橙色に染まった水面を眺めながら、鉄斎がぼそりと呟く。
「……ああいう組織は、いずれ動きが鈍る。俺はそういうのが性に合わん」
新左衛門は少し笑みを浮かべた。
「それも宏典様の読み通りでしょうな。あなたは江戸で、縛られずに動く駒として必要なのです」
「駒、ね……」
鉄斎は肩をすくめた。
こうして、監視とも護衛ともつかぬ新左衛門と共に、鉄斎は再び江戸の町を歩き始めた。
今宵もまた、どこかで悪人の匂いが風に混じっている。




