狂路の盗品市 弐
江戸の闇に潜む盗品市の元締め――狂路。
奉行所も容易には手出しできぬ理由があった。彼は盗品の流れを巧みにぼかすため、いったん遠方に品を送ってから江戸へ戻すという手口を使っていたのだ。
噂によれば、その中継地は下総国千葉郡――今の千葉のあたりだという。
盗まれた武具や宝飾品は一度そこへ送られ、米問屋や商家の荷に紛れて江戸へ戻る。こうなれば、どの段階で盗まれたかは分からず、証拠も霧散する。盗品はいつの間にか「由緒正しい品」として市場に出回るのだった。
鉄斎の耳にその噂が届いたのは、ある冬の夜だった。
「……下総か」
盃を置き、鉄斎は即座に決意した。狂路を捕らえるには、江戸での網を張るよりも、中継地を押さえるほうが早い。
翌朝、鉄斎は馬を飛ばし、寒風を切って下総国千葉郡へ向かった。道は泥濘み、吹きすさぶ風に肌が裂ける。だが彼の足は止まらない。
そして数日後、鉄斎は目的の村外れ、古びた米問屋の蔵を見つけた。
板戸の隙間から覗けば、そこには鉄砲、甲冑、太刀、そして煌めく宝飾品が、俵の影に巧妙に隠されている。まさに江戸へ送り出されようとしていた瞬間だった。
鉄斎は迷わなかった。
蔵を飛び込み、問屋の主人と手代を片端から押さえつける。刃物を抜こうとした者の手首をねじり折り、逃げようとした若い衆を戸口で蹴り倒す。
「奉行所の御用だ――!」
低い声が蔵中に響いた。米俵の匂いと、金属の冷ややかな光が混ざり合う。
問屋一味を捕縛した鉄斎は、そのまま江戸へ戻り、狂路の居所を突き止めた。
狂路の屋敷は、町外れの長屋を改造した二階建て。
襖を蹴破って踏み込むと、狂路は既に刀を手にしていた。着流しの裾を翻し、切っ先が一直線に突き込まれる。
「……ほう、やはり武家の出だな」
鉄斎は受け流し、逆に踏み込む。
そこからの攻防は、江戸での捕物とは違った。狂路は剣術の型を熟知し、間合いの詰め方も見事だった。鉄斎の胴鎧に刃がかすめ、冷たい感触が走る。
互いに一手を譲らぬまま、廊下を転げ、畳に血飛沫が散る。
だが、鉄斎は一瞬の隙を逃さなかった。狂路の右手首を掴み、刀を叩き落とすと、そのまま肩口へと組み伏せる。
「ここまでだ、狂路」
押さえ込まれた狂路は、苦笑を浮かべた。
奉行所に引き立てられた狂路の取り調べは長引いた。
やがて明らかになったのは、盗品市の運営だけでなく、鉄砲や刀剣類の密売という重罪だった。武器が江戸の外に流れ、無頼の徒や浪人の手に渡っていたのだ。
判決は島流し――だが、狂路の本名は松野恭次郎。鉄斎と同じく、武家としてはそこそこの家柄ゆえに、流刑とはいえ丁重な扱いがなされた。お供を伴い、荷駄も整えられ、まるで旅のような船出であった。
鉄斎は、その光景を奉行所の庭から静かに見送った。
「丁重な流刑だろうと、二度と江戸の土は踏めまい……」
胸の奥にわずかな空虚を抱えながら、鉄斎は踵を返し、次の獲物を探すべく夜の街へ歩み出した。




