激闘、鴉羽衆
手配書の文字が夜の灯に揺れた。
「夜叉之助、小判五十枚」
その額の大きさに、鉄斎の胸が熱くなる。江戸の町で恐れられる盗賊団――鴉羽衆の頭領だ。強盗も、殺人も、やることは何でもあり。江戸中の悪党の中でも、その名は群を抜いていた。
鉄斎は黙って手配書を丸めると、決意を固めた。
――よし、捕まえてやる。
翌日、鉄斎は刀を新調した。鞘に収まる刃の重みは手に馴染み、振り下ろす時の感触が既に想像できる。
胴鎧も面頬も、江戸の鍛冶で新たに仕立て、身を守る準備を整えた。
次に、信頼の出来る仲間――元岡っ引きの政之輔を探す。政之輔はかつて町の揉め事を幾度も制してきた男で、情報収集と囮役に長けていた。鉄斎は彼の腕を信じ、共に行動することにした。
暗い夜道を二人で進む。路地の奥、瓦屋根の間に潜む鴉羽衆の拠点へと近づくたび、鉄斎の心臓は早鐘のように打つ。
「夜叉之助、ここで止めを刺す」
政之輔は細い声で囁く。
「油断なきよう、鉄斎殿。鴉羽衆は噂通り、手練れ揃いです」
二人の影が、瓦屋根と月明かりに交錯する。息を潜め、鉄斎は刃を握りしめた。今日から、鴉羽衆討伐の夜が始まる――。
夜の闇は、鉄斎たちの味方だった。廃寺の周囲に立つ老松の影が、月光に照らされて黒々と揺れている。鉄斎と政之輔は、二日間にわたる偵察を終え、ついに人数を把握した。鴉羽衆は八人、常に二人が廃寺の入り口に巡回しているという情報も得ていた。
「これで数も配置も分かったな」
政之輔が低く呟く。
「よし、行くぞ」
鉄斎の瞳が鋭く光る。息を潜め、互いにうなずき合った二人は、夜の闇に溶けるように拠点へ近づく。
三日目、決行の時。まず鉄斎は東側の見張りを、政之輔は西側の見張りを狙った。足音一つ立てずに忍び寄り、暗殺用の刃を首筋に滑り込ませる。二人の見張りは、何の抵抗もなく倒れた。これで寺の中に入る道が開かれた。
鉄斎は深く息を吸い込み、手にした火のついた花火を握る。廃寺の大きな扉を蹴開け、炎を灯した花火を放り込む。小さな火花が木製の柱や障子に跳ね、辺りを赤く染める。瞬間、内部から怒号と慌てた足音が響いた。
「何だ、火だ!」
その声とともに、残りの鴉羽衆六人が一斉に飛び出してきた。刀や棍棒を手に、鉄斎たちを迎え撃とうとする。だが、鉄斎の眼は冷静そのものだった。
まず一人目が刀を振り上げる。鉄斎は間合いを詰め、左手で組み、右腕で肩から宙に放る。刃の一撃で倒すよりも瞬時に無力化する技。二人目が棒を振りかざすも、政之輔が横から飛びかかり、蹴りと押さえ込みで制圧。三人目は火に驚き、足をもつれさせて倒れる。
鴉羽衆たちは混乱し、組織としての動きは失われていた。鉄斎は無駄な殺意を抑えつつも、必要最小限の力で仕留めていく。刃を振るわずとも、相手の体を制することで確実に勝利を重ねる。
残る三人も、恐怖と混乱でまともに反撃できない。鉄斎と政之輔は互いに目配せし、コンビネーションを駆使して一人ずつ無力化する。刀を抜く必要もなく、体術と鉄斎の熟練した手捌きだけで制圧は完了した。
最後に頭領、夜叉之助が姿を現す。鋭い眼光で二人を睨みつけ、刃を抜くも、その動作は遅い。鉄斎は瞬時に距離を詰め、首筋を押さえて縄をかけた。夜叉之助は必死に抗うが、鉄斎の腕力と技術の前には無力だった。
拠点の廃寺は、炎と騒音で騒然としていたが、鉄斎と政之輔は冷静だった。残党を確認し、拠点内の宝物や盗品も押収する。江戸で恐れられた鴉羽衆は、ついにその牙を折られたのだ。
朝日が差し込む頃、二人は八人の捕縛者を引き連れて奉行所へ向かう。夜叉之助をはじめ、全員が手配書に名を連ねていた。江戸中の悪党が震えたという話も、ついに現実となる。
奉行所に到着すると、手続きは迅速に行われた。余罪の調査と町人たちの証言が揃えば、判決は避けられない。夜叉之助ら八人の鴉羽衆は、捕縛の功績とともに江戸の秩序を取り戻した象徴として記録された。
鉄斎は一息つき、政之輔と共に深く頷いた。
「これで、江戸にまた少しは平穏が戻るな」
鉄斎の手には、火花の余韻でわずかに熱を帯びた花火の破片が残っていた。江戸の闇夜に、またひとつ伝説が刻まれた夜であった。




