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木澤という異常者

木澤――その名を聞けば、江戸の町人たちは顔を曇らせる。

彼の悪名は、怨嗟や恨みの対象としてではなく、「関われば何をされるかわからない」という純粋な恐怖とともに語られていた。

人を殴ったらどうなるか。人を刺したらどんな反応をするか。そんな残虐な行為を、悪意からではなく、ただの好奇心から行う。幼い頃からその性質は変わらなかった。


木澤には、後悔も罪悪感もない。ただ「人間という生き物の反応」を知ることだけが目的だった。

その興味は、やがて最悪の形で表れた。ある日、旅の娘を攫い、「釘を何本人体に打ち込めるか」という実験を始めたのだ。


江戸中が震え上がった。奉行所は総出で木澤を探し、鉄斎も網を広げた。

だが木澤には決まった足取りや溜まり場がなく、夜は長屋に泊まるかと思えば翌日は廃屋、次は船宿と、行動に一切のパターンがない。岡っ引きたちも匙を投げ、「これでは追跡のしようがねえ」と頭を抱えていた。


数日後の夕刻。

鉄斎が裏路地を歩いていると、かすかな女の悲鳴が耳をかすめた。

反射的に駆け出し、辿り着いた先は、人気のない材木置き場。そこには荒縄で縛られ、口を布で塞がれた娘が地面に転がされていた。そして、その横に、ぼんやりと彼女を眺めている木澤の姿があった。


「お前か、木澤」

鉄斎の声は低く、怒りよりも冷えた鋼のような響きを帯びていた。


だが木澤は、薄く笑って答えた。

「おう、あんたか。……これから面白いことが見られたのにな」


戦う構えはない。ただ、捕まることにも抵抗がない様子だった。鉄斎は一瞬、背筋に氷のような不気味さを感じながらも、躊躇なく縄を打った。

木澤は終始、痛がる素振りもせず、まるで外から自分を見ている観察者のような眼差しをしていた。


奉行所での取り調べでも態度は変わらなかった。

「なんでそんなことをした?」と問われれば、「人がどう動くか、見たかっただけだ」と平然と答える。

罪の意識は皆無。人命を奪ったという実感すらない。奉行たちは怒りよりも、言葉を失った。


裁きは迅速に下された。

――磔刑。江戸の町中に見せしめとして立てられた刑場に、木澤は縛り付けられた。

見物人の中には憎しみを込めた視線を向ける者もいれば、恐怖に顔を背ける者もいた。

だが木澤本人は、最後の瞬間まで笑みを絶やさず、何かを観察するように群衆の顔をじっと見つめ続けたという。


こうして、江戸一の異常者は、静かにその生涯を閉じた。

鉄斎は処刑を見届け、ただ一つ「こいつは最後まで人の心を持たなかった」と胸の内で呟き、刑場を後にした。

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