日銭の刃
鉄斎は三河国、城下町の武家屋敷に生まれた。
父は藩政に長く仕える中老で、代々、城勤めの家柄。母は武家の娘として立ち振る舞いに厳しく、長男である鉄斎には物心つく前から礼法、筆、算術を叩き込んだ。
長男は家の顔であり、家名を継ぐ柱──そう教えられた。
幼い日の鉄斎は、遊びより稽古、笑顔より作法を求められた。
兄弟の中で叱責を受けるのは常に自分だけで、妹たちには優しい声が掛けられる。
失敗は許されず、言い訳も叩き潰され、父の言葉は常に「家の恥になるな」。
武芸に関しては恵まれた素質があった。
相撲で城下の若侍を投げ飛ばし、柔術では道場主を押さえ込み、剣術では目録持ちを打ち負かした。
しかし、家の望むのは戦の勝敗ではなく、政務を支える文と礼。鉄斎の力は「粗野」とされ、出世の障りになるとまで言われた。
二十を過ぎた頃、藩内の政争で父の派閥が勝ち、鉄斎は奉行所勤めを命じられる。地元の町で盗人や博徒を捕える役目は性に合ったが、上役の理不尽な命令や、罪人を金で逃す風習には反吐が出た。
ある時、藩士の息子が殺人を犯しながら無罪放免になり、その替え玉として農民が打首になった。鉄斎はその裁きに立ち会わされ、吐き気と怒りで刀を折った。
「この家にいても、俺は腐るだけだ」
脱藩同然に家を出る夜、母は泣かず、父は口を開かなかった。
鉄斎はただ一振りの刀と着替え、僅かな金を懐に江戸へ向かった。
江戸では武士の籍も頼る家もない。
だが三河で培った武芸と奉行所勤めで覚えた捕縛の技術は、岡っ引きよりも確かだった。
今は日銭を稼ぎ、今日を生きるだけ。
「俺にあるのは、この力だけだ」
鉄斎はそう呟き、再び刀の柄を握った。