【4章】記憶と幻の間
砂に消えた声北へ向かう旅路の空は高く、風は熱を孕んでいた。蓮たちはラゼリアを発ち、次なる“再誕の鍵”を求めて乾いた大地を越えていた。
目的地はサルバ砂漠の中央に存在するとされる古代都市――「エシリダ」。数百年前に滅びた王国の首都であり、現在は砂に埋もれた神殿の中に鍵が眠っているという。手がかりとなったのは、ラゼリアの泉に残されていた一片の石板。その文様はミレイユが読解した。「“星の眠る回廊にて、第三の核は眼を閉じる”って書いてある。エシリダの星見の間を指してるんだと思う」エシリダにはかつて天文学者たちが集った神殿があり、そこに“星の間”と呼ばれる空間が存在したとされる。だがそれも、今は砂の下だ。「砂漠なんざ嫌いだ。熱いし乾くしヒゲが砂でギシギシする」グランがぶつぶつ言いながらも歩みを止めない。サリナは双眼鏡のような魔具で遠くを見据える。「あれが……エシリダの外郭ね。半分埋もれてる」遠目に見えるのは、黄褐色の巨大なドーム状の建築物。その周囲を風が巻き、砂が煙のように舞っていた。「この暑さも異常よ。魔力の気配もおかしい……」ミレイユの言葉に、蓮も頷いた。灰の剣が自然と震えている。黒の王の影響は、すでにここにも届いている。
彼らは崩れかけた外壁の隙間から神殿跡へと足を踏み入れた。かつての栄華を偲ばせるモザイク模様の床。だが壁のあちこちに黒いシミのようなものが広がっている。それはまるで“声”のようだった。耳を澄ませば何かが囁いている。蓮は剣を抜き、低く構えた。「誰かいる……」次の瞬間、空間が揺れ、四人は別々の方向へと弾かれた。これは“神殿の試練”だとミレイユはすぐに悟った。記憶と幻が絡み合う空間。サリナは無人の回廊で、かつての記憶と対峙していた。亡き兄の幻が現れ、彼女に弓を向けた。「なぜ、お前は選ばれた?」その問いに、彼女は矢を放ち応えた。「私は、守るために戦ってる。それだけで十分」一方、グランは鍛冶場を模した幻影の中で、自らの作った“失敗作”たちに囲まれていた。かつて命を奪った武器の記憶。彼は黙って斧を振るい、それを粉砕する。「鉄は俺の手で決める。使う者に殺されるなら、俺が裁く」ミレイユの前には、かつて命を救えなかった少女が現れた。「魔法で人を救えるのに、なぜ私を助けなかったの?」涙混じりの幻に、ミレイユは叫ぶように返す。「私はまだ未熟だった!だから今、学び続けてるの!もう誰も、後悔しないために!」そして蓮。彼の前に現れたのは、“灰の王”だった。「お前は、俺の記憶を継いだ。それでもまだ、選ぶことを恐れるか?」蓮は苦しげに歯を食いしばる。「過去がどうあれ……俺は、俺の答えを見つけたい」幻が砕け、四人は再び中央の“星の間”へと集った。
天井には古代の天球儀があり、その中心に鍵が浮かんでいた。だがその瞬間、空気が重くなった。影が集まり、一つの形を成す。それはかつて“声を封じられた王”と呼ばれた存在――黒の王の眷属、“ノルフェイム”だった。声のない魔導師。その口は縫われ、瞳は虚ろで、周囲に浮かぶ魔導書が彼の言葉を代弁する。『鍵を渡せ。それは終焉の扉を開くもの』蓮は剣を構えた。「ならば、その鍵は誰にも渡せない」戦いが始まった。ノルフェイムの魔術は静かに、だが確実に空間そのものを蝕んでいく。床の模様が反転し、天井の星が一つずつ消えていく。サリナの矢は空中で凍り、グランの斧は砂に飲まれる。だがミレイユの光の魔法が、その黒を裂いた。「あなたの“声”は、過去に封じられたもの。なら、私たちが聞いてあげる。あなたの想いを!」その言葉に反応したかのように、ノルフェイムの動きが一瞬鈍る。その隙を逃さず、蓮の剣が閃いた。「この力は、過去のためじゃない。未来を選ぶためにあるんだ!」剣が突き刺さり、黒の眷属は崩れ落ちた。空間が静まり、中央に再誕の鍵がゆっくりと落ちてきた。蓮が手にしたその瞬間、また“白い空間”が広がる。今度は、星の輝く夜空の下。そこにいたのは、白髪の少女だった。「あなたは三つ目の鍵を手にした。だが今、黒の王もまた動き始めた」「黒の王とは、何者なんだ?」少女は静かに口を開く。「かつて“灰の王”と共に旅した者。だが彼は、別の選択を望んだ」その言葉に、蓮の胸が騒ぐ。「仲間だった……?」少女は頷く。「君の旅は、記憶を辿る旅ではない。“選択”の意味を知る旅」白い空間が薄れ、蓮は再び現実に戻る。仲間たちが彼を囲み、鍵を見つめていた。「三つ目、だな」グランが呟く。ミレイユが不安げに空を見上げる。「でも、星の数が減ってる気がする……世界の均衡が崩れてるのかもしれない」サリナが静かに言う。「次は、北。雪に覆われた“アリオルの塔”。そこに第四の鍵があるはず」蓮は深く頷いた。「行こう。鍵が七つ集まる前に……黒の王に全てを奪われる前に」乾いた風が砂を巻き上げる中、四人は再び歩き出した。遠く、白い月が満ち欠けを繰り返していた。
一日遅れてしまったのでもう一章書きました。内容ぐちゃぐちゃになっていないよね…