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旅人は出会う

内緒の街の老犬が教えてくれた事

作者: かねおり

旅人シリーズ第9話エイプリルフールにどうぞ

僕は道に迷ってしまってたどり着いたある看板の前で悩んでいた。




「立ち入り禁止」と書かれた看板は金網にかかっていて、その看板のすぐ下には金網をこじ開けた穴が開いていた。




その金網はどこまでも続くように長かった。何度も右や左に行ってみても突き当りになってしまったりして先に進める方法はこの穴しかないと思い、禁止されているのは分かっていたけどついにくぐる事にした。




その途端、「ワンワンワン!」という鳴き声と共に沢山の犬たちに囲まれてしまった。




「おい!そこから入ってきたのか?」と犬が問いかけるので、




「はい、ごめんなさい」と答えると犬は僕の手首に輪っかを取り付けてこう言った。




「お前は旅人だな?この街を出るまでその輪を外すんじゃないぞ」と言って許してくれた。




「あの、この先に進むにはどうすればいいんですか?」と恐る恐る聞いてみた。




「偽らずに進むことだな」とだけ言われた。




解放された僕は改めて金網に囲まれた街を見て驚いた。




各所には隙がないほどに監視カメラが取り付けられていて、物々しい。




そして何より静かなのだ。




住民が居ないわけではない。街中には旅人も含めて沢山の声があってもいいほどに生き物たちや草花たちで溢れていた。




丁度通りかかった老犬に声をかけると、老犬の前足にも輪っかがついている。




「おお、旅の御人どうかしたのかね?」と不思議そうに話す。




「この街から出るにはどうしたらいいか分かりますか?」と聞くと、




「わしはここで産まれてここで育ったからのう、出口は内緒にしなければいけない掟。どうだい、わしと一緒にこの街でしばらく暮らしてみないかい?丁度助けが必要だったんじゃよ」と言われて少し考えてみた。




出口はわからないのか、しばらくおじいさん犬と過ごしてみるか。




「ではしばらくお願いします」と答えると、老犬は僕の腕輪を見て、




「ここは物々しく見えるがとても安全な場所だからきっと君なら問題なく過ごせるだろう」と言った。




老犬の道案内で色んなお店や病院、犬たちが集まった警察署などを見て、老犬の家に入った僕はまた驚いてしまった。




家の中までも監視カメラがびっしりと付いているのだ。




「あら、おかえりなさいあなた今日はお客さんも一緒なのね?」と老犬の奥さんが出迎えてくれた。




「初めまして、しばらくお世話になる旅人です。よろしくお願いします」と言うと奥さんは微笑んで沢山の夕食を作ってくれた。




僕は気になって老犬夫婦に尋ねてみた。




「この街は至る所にカメラが設置されているんですがこれは防犯カメラですか?」と。




「外のカメラも家の中のカメラもすべて警察署で監視されているんじゃよ。それだけではないがね」と老犬は話す。




「この街では家庭内でも事件が起きればすぐに警察の犬たちが来てくれて大事にならないようになっているのよ」と奥さんもにこやかに話す。




外だけならともかく、家の中も監視されているのは気が休まらないのではないかと思ったけど、




「それは安心ですね」と言った途端また「ワンワンワン!」と鳴き声と共に玄関に警察犬が現れた。




「さっきの旅人か、早速偽ったな。罰金銅貨5枚徴収する」と言われ




「はいすみません」と銅貨5枚を支払うと帰って行った。




「ほほほ、本当は気が休まらないだろうと思ったんじゃろうにそのまま言えばよかったものを」と老犬は笑っていた。




何故僕の心が読めたのだろう?そう不思議がっていた僕に奥さんがちょいちょいと腕輪を指差した。




もしかして、腕輪には盗聴器が?カメラと盗聴器なんか仕掛けられていたらそれは街中が静かなはずだ。




下手なことを言えばすぐにバレてしま……う?何故嘘だと分かったんだろう?




「盗聴器なんぞしかけられておらんよ。ただここの機械技術は発展していて手首からのデータだけで嘘がわかるんじゃよ」と老犬は教えてくれた。




「そうなんですね。気を付けます」日頃僕は安易に嘘を吐いていたのかもしれない。




グッスリ眠りたくても寝言で何を言ってしまうかと思ったら寝つきが悪くて、窓から聞こえる犬たちの鳴き声にふと外に出てみようと思って寝静まった家の扉を開いた。




犬たちが集まっている場所では物が盗まれるという事件が起きていた。




この監視カメラだらけの街でよく物を盗むなんてことをするなぁと思いながら犯人と思しき人物を探していた。




「そこの旅人!お前はこの窃盗事件の犯人を知っているか?」と聞かれ、




「いいえ、知りません」と言うと犬は僕の手首を見て、あっさりと居なくなった。




犬たちは監視カメラ映像が暗くて犯人の特定が難しいので聞き込み調査をしているようだった。




僕は変なことに巻き込まれないように老犬の家に戻ろうと帰る道で小さな子供に出会った。




ボロ布を纏ったその子供は抱きかかえるようにパンを持っていた。




「もしかして、窃盗犯て君?」と聞くと、




「内緒」と答えたその子の腕輪は黄色に光った気がした。




その後犬の鳴き声は聞こえず、老犬の家についた僕はなんだか疲れて眠ってしまった。




朝になって老犬夫婦に起こされて朝食を頂き、夫婦と一緒に街に出かける事になった。




「昨日はよく眠れなかったようじゃが体調は大丈夫かね?」と聞かれて、大丈夫ですと答えようとしてふと気がついた。




「あまりに緊張して寝つきが悪くて外に一回出たら窃盗事件の捜査中の警察犬に会いまして、寝不足ではありますがなんとか」と素直に答えた。




そうかそうかとにこやかに話す老犬夫婦は夫婦喧嘩などしないのかな?とふと思った。




喧嘩は出来る事ならしたくないけど、意見の違いからぶつかる事は際限がないだろうに、相当相性がいいのかな?と思ってふたりを見ていた。




「あたしたちは実はもうすぐ結婚して20年になるのよ」と奥さんが言う。




「それはおめでとうございます20年も喧嘩もしないで一緒に暮らすなんて素敵ですね」と言うと、




「あらやだ、いつだって喧嘩ばっかりしているわよ」と笑いながら奥さんが話す。




「最初の頃なんか犬種の違いや育った環境の違いでしょっちゅう揉めたものだわ」




「夫婦どころか社会に出れば揉め事は避けては通れないもんじゃからの」と老犬も言う。




「それじゃ、警察犬に罰金取られちゃいませんか?」と聞くと、




「罰金は何度かあったわよね?あなたは」とフフフと笑いながら奥さんが言う。




「まぁ、そんなこともあったな」と痛いところを突かれたような顔で老犬は話す。




「喧嘩はしても、嘘を付かなければ警察犬に罰金を取られることはないんじゃよ夫婦喧嘩や、社会の些細な揉め事に毎度警察犬が駆けつけていたら一日中ワンワン五月蠅くてかなわんよ」と。




すると、奥さんが何かを言いかけて突然倒れてしまった。




「いかん!病院に急がなくては!」タクシーを止めて近くの掛かりつけの病院に奥さんを運び込みいつも診てもらっている先生から奥さんの容体を僕と老犬は聞いてしまった。




「妻には内緒で頼む」と老犬は言うけど、この手首のシステムでバレてしまうんじゃないかとハラハラが止まらない。




点滴を終え、意識が回復した奥さんは、




「あらごめんなさいね、最近なんだか急に意識が遠のくことがあってね、心配おかけしちゃったわね。先生は何か言ってた?」と聞いてくる。




僕は無言を貫いていたが、老犬は口を開いた。




「ああ、言っておったぞ、点滴が終わって落ち着いたら家に帰っていいと」と腕を後ろに組んでいた老犬の腕輪は何色にも光らなかった。




帰り道に奥さんの好きなケーキやお花を買って、少し早めの結婚20周年を僕も一緒に祝う事になった。




「20年苦労かけても一緒にいてくれてありがとう」と老犬は言うと、




「あたしこそ、小言一杯言って困らせたでしょうに一緒にいてくれてありがとうあなた」ととても仲良くその日を過ごした。




それから数日後、奥さんは亡くなってしまった。




あの日病院の先生は治療が施せないほどの末期の病気で余命は一週間もないと言っていたのだ。




老犬は奥さんが亡くなる事を奥さんに悟られまいとしていたのだろう。




でも、奥さんは気づいていたようで亡くなった後部屋から手紙が出てきた。




「あなた、ちょっと早めのお別れの手紙ですがきっとこれを読むころにはあたしはあなたと喧嘩をすることすら出来なくなっているでしょうね。


20周年のお祝いを旅人さんとしてくれて本当に嬉しかったわ。ありがとう。


あなたに会えて、一緒に暮らす中でどんな事も今となっては想い出ですよ。


あなたももう若くはないんだから昔のように赤い鳥に貢ぐようなことをするんじゃないわよ。


うふふ。幸せだったわ。大好きなあなたへ 妻より」




腕輪にすらも隠し通せたのに、奥さんにはバレバレだったのか。




その手紙を見ては涙を流す老犬にふと、聞いてみた。




「昔の罰金て何で取られたんですか?」と。




「内緒じゃ」と言われながら老犬は奥さんのお墓に花を手向け、ついてこいと言わんばかりに僕の荷物をすべて持って歩き始めた。




「あのう、どこへ行くんですか?」と聞いても、




「内緒じゃ」と教えてくれない。




すると暗い階段を下り、鉄柵の扉の前で老犬は僕にこう言った。




「目に見える事だけでは真実も嘘も分かりはしないが、君はこの街でちゃんと過ごすことが出来たこの先どんな事があっても、自分の心に素直に前を向いて進むがよい」そう言って僕の腕輪をカシャンと外した。




昔警察犬だった老犬は、街に入り込んだ見知らぬ旅人の監視をするボランティア犬になっていたのだ。




助けが必要だったことも事実だし、出口を内緒じゃと案内してくれたことも嘘にはならないってことか。




「奥さんが居なくて寂しくないですか?僕が旅を続けて行ってしまっても」と口に出したが、老犬の答えは聞く前から分かっていた黄色い光が見えたから。




「内緒じゃ」




静かな街でも、嘘のない街、でも内緒ごとはある街。




そういえばあのボロ布を纏った子供はその後どうなったんだろう?




老犬に手を振って鉄柵の扉を開けるとそこには花輪の中に




「内緒の街入口」と書いてあった。




「秘すれば花なり」という事か。監視カメラの意味ってあったのかな?と思ったら小さな案内図のパンフレットを見つけた。




「内緒の街では監視カメラに写っている証拠に嘘をつくと罰金では済まされませんので警察犬には素直に応じてください」




大したことをしなかった僕には分からなかったけど、監視カメラがしっかり証拠を映していたらやっていない!と言ってはいけないという事だろうな。




でも、もし内緒って言ったとしたら?




そんなことを考えながら僕の旅は前を向いて進んでいこうと歩を進めた。


おしまい

あなたならどんな暮らしをこの街でしますか?

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