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第1話 平凡な少年(?)とワケありな少女

 ちらっ、と少女のスカートが乗合馬車に乗り込むとき少しめくれた。


 思わずあらわになった太ももに視線を向けると、予想外のものが見えた。


 シミひとつない白い肌に巻かれた革ベルトに、赤い宝石がついた30センチほどの木製の棒が固定されている。


短杖ワンド……」


 口に出すつもりはなかった。


 あまりにも予期しないマジックアイテムの登場に困惑し、気づけばここノマーナ帝国で《貴族の証》と呼ばれる武器の名を呟いていた。もし車内の座席に座っていなければ、動きにも動揺が表れていたかもしれない。


 キッと彼女は睨みつけてきた。むしろ見せびらかすようにスカートの裾をつまみ、誇示してくる。


「そんなに短杖ワンドが珍しい?」


「いや……」


 帝国において貴族が占める割合はおよそ1パーセント。その全員が短杖ワンドを付けることを帝国法によって義務付けられている。街を半日も歩けば、きっと短杖ワンドを目にするだろう。


「じゃあ何? ここに装備してるのがそんなに珍しいの?」


 スカートの裾をさらに持ち上げる。


 シチュエーションに関わらず婬靡な雰囲気は皆無。むしろ二人きりの車内に戦場のような張り詰めた空気が生まれている。


 返答を間違えれば、撃たれる。


 魔術で作られた火球か、魔術的に硬化された石礫か。


 あり得ないと思いつつも、そんな妄想が浮かぶほど剣呑な気配が伝わってくる。


 オレは両手を上げて、降参するように情けない表情を作る。平民にありがちな茶色の髪に同色の瞳。眉を下げた表情は、貧相で気弱な印象を与えたはずだ。


「すまない。悪気はなかったんだ。普通短杖ワンドって腰に付けるもんだろ?」


「確かに貴族は全員短杖ワンドを腰に提げてるわね」


「ん? その言い方だと、君は貴族じゃないのか?」


 さも意外そうに問いかけると、彼女は呆れたようにため息をつく。


「少しは想像力を巡らせなさいよ。短杖ワンドを腰につけるのは貴族の義務と権利。……腰に短杖ワンドを付けられない、ってことは自ずと答えは明らかでしょ?」


 長い銀髪を払い、斜向かいに座る彼女の姿には、もう警戒心も敵意もない。


 そこにあるのは路傍の石を見るかのごとき無関心だ。


「君は平民なのか? じゃあ短杖ワンドは飾りか?」


 沈黙が返ってくる。


「平民は魔力がないから、魔術は絶対に使えないもんな」


 オレの問いに、彼女は隠しもせず呆れたようにため息をつき、淡々と答える。


「あなたのようなごく普通の一般人はみんな勘違いしてるようだけど、魔術を使えるのは貴族の血を引く者よ。『魔術を使える者=貴族』じゃないの」


 オレはまじまじと、赤みがかった琥珀色の瞳を覗き込む。怜悧な外見に似合わず、意外と優しく面倒見のいい性格らしい。


「あのね、『魔力を消費し、魔術を使う』。これはあらゆる魔術書の冒頭に書かれている事実だわ。そして魔力を持つのは貴族の血を引く者のみ。……でも、貴族の血を引く者がすべて爵位を持っているとは限らないでしょ?」


 小首をかしげて見せたオレに、彼女は何度目かのため息をつき、「自分で考えてみなさい」とそっぽを向く。ちょうどその時、ぴしりと鞭を打つ音が響いて、乗合馬車がゆっくりと動き出した。


 揺れる馬車の箱の中、彼女は窓枠に頬杖を突き、外を眺め出した。


 背中を見せる少女を、改めて観察する。


 腰まで流れる銀色の滝のような美しい髪に、誂えたような漆黒の衣装。深みのある高級感のある黒地に、金糸銀糸の刺繍をあしらったそれは、白銀と漆黒という色合いもあってよく映える。ノマーナ帝国魔術学校の女子の制服だ。


 ちなみに男子用も同じ生地に金銀糸をあしらっている。


(オレも同じ学校の制服を着てることに気づいてないのか? いや、おそらく興味がないんだろうな……)


 まるで外界を拒絶するような後ろ姿と世話焼きな気質がちぐはぐに思えたが、生い立ちを想像すれば仕方ないことだろう。


 ――彼女は貴族の血を引いている。ただし、短杖ワンドを腰に装備できない身分。つまり平民だ。


 血を引きながら身分は貴族でないとなると、貴族家を勘当されたか、平民の血を引く出自ゆえに実子として認められなかったかのどっちかだろう。


「あの……僕、ギア・ノーマンって言います」


「…………」


 予想通り返事はないので、そのまま言葉を続ける。


「これからノマーナ帝国第二魔術学校の入学式に向かうんですよね? 実は僕もそうなんです!」


「見ればわかるわ。男子の制服見たのは初めてだったけど、似たデザインだったし。それにあの学校は在学中の3年間、外部との交流を禁じてる。生徒は全員、寮で暮らして、卒業まで外に出られない。だから入学式のある4月にあの学校方面行きの乗合馬車に乗ってることから簡単に推理できるわ」


「そ、そうですよね……」


 恐縮したように答えてうつむく。


 すると言葉が投げかけられた。


「シャノン・レーテス」


 やはり面倒見のいい性格らしい。


「シャノン……レーテス……?」


「名前よ。――それとも貴族みたいにミドルネームがなかったから不思議そうに問い返したのかしら?」


 また睨まれる。


「ぼ、僕の名前はギア・ノーマンです」


 改めて名乗る。


 平民は名と姓。二つで構成されている。オレのギア・ノーマンという平凡な名前のように個人名ファーストネームプラス家名ファミリーネームだ。


 対して、貴族は個人名ファーストネームプラス中間名ミドルネームプラス家名ファミリーネームの3つで構成される。


 王族は、これにさらに王族であることを示す王族名ロイヤルネームが最後につき、4つで構成される。


 これで彼女の出自と立場がわかった。感じ取れる性格から見て嘘はついていないだろう。


(貴族の血を引く平民、か――)


 珍しいが、皆無ではない。


(貴族社会は男性社会。手を出したのは男の方だろう。とすると父が貴族、母が平民。そして父はこの娘、シャノン・レーテスを我が子として認めなかったわけか)


 貴族の血を引く平民の庶子は存在する。


 だが、彼ら彼女らが短杖ワンドを装備し、魔術学校を目指すとなると、類を見ないほど珍しいのではないだろうか。


 少なくともオレは聞いたことがない。


 収集された膨大な情報の中にも存在しなかった。


(目的は父に認めさせること……? いや、それだけだと少し動機として弱いか)


 彼女自身言った通り、オレたちが向かうのは3年間を隔離されて過ごす学校。それも15歳から18歳までという多感な時期を、だ。


 さらに「ノマーナ帝国」と「魔術」という厄介な単語が2つもつく。


 階級社会の帝国が運営する、魔術を学ぶ場所。


 自ずと彼女のような魔術を使える平民も、オレのように魔術を使えない平民もお呼びじゃないとわかる。


 オレの沈黙を、怯え、と捉えたらしい。


「そんな性格で大丈夫なの? 入学を許されたということは、平民にしては珍しく読み書きや簡単な計算はできるんでしょうけど」


「……こ、これでも一族にだけ伝わる異能ルーツを持ってるもので――」


「――あなた、異能者なの!? あっ、ごめんなさい」


 「異能者」という単語は帝国で使われる差別用語だ。


 いや、差別用語だったというべきか。現在では俗語に近い。


 一族にだけ伝わる異能ルーツを持つ者は神官や巫女などさまざまな者たちがいる。彼らの種々様々な能力や立場、歴史的経緯などを引っくるめた帝国語が「異能者」だった。


 例えば、神の慈悲により治癒の奇跡を起こすとされる神官は、自らを「異能者」とは名乗らない。


 誇りを持って、「一族にだけ伝わる異能ルーツを持つ者」と名乗ることが普通だ。その上で、神官なら神官、巫女なら巫女というふうに続ける。


 そもそも乱暴に一緒くたにした目的は、「帝国民の共通の敵」としてわかりやすく認識させるプロパガンダのためだ。帝国が200年ほど前、国内外に広めたプロパガンダ用語が「異能者」だったのだ。


 今では帝国内でごく普通に使われる単語だ。とはいえ彼女が謝罪の言葉を口にしたのは当然の流れともいえた。

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