月白(げっぱく)色 おしどり姉妹の攻防戦
カラーコード#EAF4FC をイメージした短編です。
「人間は行く手に百円ショップが迫りくるにつけ『ここでなにか買わなければならないものがあったような気がする』といって己の生活を顧みる」とはよく言ったものだが、「思い出せないからいいや!」と結局足を向けないのが姉であり、その後「思い出した!」と代わりに足を向けさせられるのが私である。
夕暮れ時、下駄箱へ上履きを突っ込んだ直後に姉から届いたメッセージは「封筒~」「白いのね」のみ。買ってこいなどとあえて書かなくとも意図は伝わるのだから書かなくてもよいという、極めて簡潔な自由律俳句。しかし、この七文字を見るだけで、手ぶらで帰ろうものならラリアットで玄関のたたきに転がされる我が身の姿、そんな情景がありありと浮かぶ。雅な姉の豊かな文才を前にして、私も負けてはおられまい。美文とは、長々と飾られたもののみにあらず。機能美を追求した「サイズ」の三文字を送ると、姉は写真を一枚返してきた。茶封筒である。比較対象のつもりなのか、隣には姉の右手が写っているが、包装フィルムに書いてある「B5長型4号」で情報は足りる。
さて、百円ショップだが、私がこのまま真っ直ぐ家へ帰る道中にはない。一度裏門から学校を出て、おおいに遠回りをする必要がある。さして急ぐものでもないのなら、百円ショップの隣の電気屋で働いている父に頼む方が合理的だ。敷地面積からして、品数も父のお隣さんの方がよほど多い。それでも姉はいつも迷いなく私に命を下す。これはまさしく帰宅部である私の運動不足を案じてくれているに他ならない。この仁愛に溢れる思慮深さを甘受、いや感受するのが妹としてのあるべき姿。決して「甘んじて受けてやるよクソ」の甘受ではない。「尊き愛を我が心でしかと味わい受け止めますぞ」の感受である。
裏門を出てから五分ほど。狭い横幅、奥行きはそこそこ、二階建ての百円ショップの屋内階段を上へ。姉の仁愛は半分が文房具でできている、文具コーナーへの我が足取りに迷いはない。封筒は、先週の仁愛ことテープ糊のあった棚の向かいにあったはず。茶封筒ではなく、白、白のB5、なんだっけ。メッセージアプリを開いて写真を見返す。「B5長型4号」、そう、それそれ。よしよしこれだと手に取り、ついでにバーコード決済アプリを先に開いておいてしまおう、とスマホの画面へ親指を乗せかけて、止まった。昨日切ったばかりの爪の先に映る「白いのね」の四文字。先ほど手に取ったばかりの品を、はたと見下ろす。
これ、「白」か?
白い。紛れもなくこれは白い封筒だ。品名にも「ホワイト」と書いてある。間違いはない。しかし否定の隙がある。
じっと目を凝らす。この色はまるで、冬の晴れ空を透かす曇りガラスのような、鍋いっぱいのミルクにブルーベリーシロップを一、二滴垂らして煮込んだような。あるいは、先日、隣のクラスのナっちが合同体育の後に更衣室でこっそり見せてくれたペディキュアの色にも、よく似ている。ナっちは「この真っ白じゃない感じがいいんだよね」と言っていた。私は問うた。ではこれは何色というのかと。ナっちは目を細めた。「これね、『きのうの夜風』」「なんて?」「『きのうの夜風』って名前の色」──。
これは、「きのうの夜風」色ではないか?
私は立ち尽くした。二階はうっすら流れるBGMのほかには物音のひとつもなく、足の裏から一階のざわめきが響いてくるかのようだった。
親指はバーコード決済アプリではなく、検索エンジンを開いた。白、種類、検索。
卯の花色? いや、ちょっと黄色味が多いかも。
白磁色? ああ、うん、わりとこんな感じ。
月白色? つきしろ? いや、げっぱく? げっぱく。げっぱくか……。
これにしよう。私はそう決めた。いいかい、おまえは月白色だ。月白色の封筒だよ。ナっちの言っていた「きのうの夜風」とも響き合うものがある。「月白色」で調べ直すと、青みが強過ぎたり青ではなく緑寄りだったり、さまざまな月白色が出てきてしまい、正解が分からなくなってきたが、もう構わない。私は決めたのだ。
レジで会計を済ませ、レシートは不要であると断って表へ出る。アネ・コーポレーション(株)との取引は、毎月頭に三千円が支給され、もし不足した場合は翌月支給分に千円未満繰り上げで増額、逆に残った場合はそのまま懐に入れてよいという契約になっている。ここ数か月は毎月五百円ほどの黒字である。ここにバーコード決済アプリのポイント還元も加わる。
それから徒歩十五分、電車待ち五分、乗車時間十五分、徒歩五分の末に帰宅した私は、在宅ワーカーの正装たるフリルつきのかっちりとした白シャツとくたくたのジャージパンツ姿で冷蔵庫を物色していた姉にうやうやしく献上品を差し出した。
「閣下、月のように白い封筒を買ってまいりました」
こうべを垂れた視界のはしに、姉が最下段の冷凍室を足で閉めるさまが映る。
……ブツが、受け取ってもらえない。
ちろりと顔を上げると、姉は生肉を食いちぎる獅子の如く静かながらも炎の燃ゆる形相で棒アイスにかじりついた。
「サイズが違うやんか」
「えっ。B5の、ナントカやろ。写真のと同じサイズのやつ」
「同じやないわ、わざわざ横に手ぇ沿えとったの見とらんのか! 『この封筒と比べて、これくらいでっかいやつ』って意味やろがい!」
分かるわけないやろがい!