かどわかし④
外に出ると、店を囲んだ兵士たちが3人の男を捕縛していた。
男たちは昏倒しているのか、ぐったりして動かない。
そんな中で、私にパンを投げた男だけは、その手に長剣を握って未だ立っている。
それどころか、兵士数人が地に倒れ伏しており、残りの兵士たちは男を遠巻きに囲むのが精一杯のようだった。
「あん? お前なんでそこいるんだ、おい」
男は無精髭をじょりじょりと撫で付けながら、緊張感のない声でそう口にした。
どうやら建物から出てきた私の姿が目に入ったようだ。
「さあ? なぜか扉が開いていたので出てきただけですけれど。もしかして幻でも見ました?」
「ふん、食えねえ女だ」
「そんなことより無精髭のあなた、どこかで会いましたっけ? なんか見覚えがあるのですけど」
「…………さあな」
明らかに声色が変わった無精髭の男は、キッとこちらへ向き直ると、ボサボサの黒髪を荒々しく掻きながら目尻を釣り上げた。
「ちょっと事情が変わった」
「事情?」
「あーあ、本当に殺すつもりはなかったんだがなあ」
手をこちらに伸ばしそう呟くと、紫色の瞳が怪しく光る。
それと同時に男の周囲に不穏な空気が漂う。これは魔力を使おうとしている時の反応だろう。
このままにしておくと危険だ、直感でそう思った。
だから私は私を走らせて、男を突き飛ばす。
「……何ッ⁉︎」
突き飛ばしたままの勢いで複体は走り抜け、私の横に並んだ。
「はん、それがさっきのトリックか? どうなってやがんだ、おい」
「「実は双子でした、とか?」」
「まあなんだっていい。二人まとめて消し飛ばせばいいだけだ」
男は、再度こちらへ手を伸ばすと魔力を高めていく。
だから私も反撃をしようとして——。
「そこまでだ」
凛とした声が辺りに響いた。
私にとっては安心感を抱かせる声色で。
「遅くなってすまない、リア」
慌てて振り返ると、そこにいたのはキール様だった。
その隣にはピーターもいる。
「なにっ! お前は随分前に街を出たと報告があったはず……」
「私は神出鬼没で有名でね」
笑いながらそう口にしたキール様からは底知れない威圧感がある。
ゆるりとした動きで腰に佩いた剣を抜き放った。
その刀身は深紅で、見ていると吸い込まれそうな美しさがある。
「銘はエストリエ——血を欲する悪魔の名を冠する剣だ。お前の血も浴びさせてもらおう」
「出やがったな。そいつのせいで〝吸血公〟って呼ばれてるんだっけか?」
「……ところでお前の裏にいるのはメルクリア聖教国か?」
「はん、誰がいうかよ」
「じゃあやはりシェリングフォード伯爵家か」
キール様のその問いかけに、無精髭の男は眉をぴくりと動かした。
「実に分かりやすい反応だ。お前のようなものを重用するとは余程の人材不足と見える」
「いってろ。俺は荒事専門なんでなぁ」
男はそう言い切ると、不意に剣を握った腕を振る。
それは誰を狙っているわけでもなく、ただその場で素振りをしたように見えた。
「……ッ!」
キール様は突然、弾けたように後ろへ飛び退る。
深紅の剣を握った腕がわずかに切り裂かれ、鮮血が散った。
一体……何が起こったのだろう。
「あん? 今のよく避けたなあ、おい」
「……物質を瞬間移動させる? いや、それよりも空間を……?」
赤い血を地面に滴らせながら、キール様は呟いている。
「ま、俺の天啓の一端を見せてやったわけだが」
男は多数の兵士やキール様から睨まれた状況にあって、余裕のある態度だ。
大きく手を広げて、口元には微笑みさえ浮かべている。
「お前なら分かるだろ? ここにいる全員が人質みたいなもんだ。俺に近づいた瞬間、誰かの首を飛ばしてやれる」
「なるほど、確かに全員を同時に守るのは難しそうだ」
「どうやら分かってもらえたみたいだな」
「要求を聞いておこうか?」
「そりゃ決まってんだろ、呪われた女を寄越せ」
「……それは無理だな」
キール様がそう答えると、男は無造作に腕を振る。
「ぐあっ」
男の後ろを囲んでいた憲兵の一人が、突然叫び声をあげて倒れた。
どうやら斬られたらしい。
「ほら、死なないよう手加減してやったぞ。次はそこにいる婚約者サマでも斬るか?」
冷たい視線を私に向けながら、男は剣を握り直した。
今までの私なら、怖くてただ震えていたかもしれない。
けれど、自重をやめた私は、もう怯えてるばかりじゃなかった。
「キール様、私は大丈夫ですよ! 気にしないでくださいね♡」
私は心配しないで、とキール様に微笑みかけた。
「リア? なんだか雰囲気が変わった……か?」
「どうでしょう? 自分では分からないんですけど……でもこれが本当の私なのかも。嫌いになります?」
「まさか、より惚れ直したよ」
「まぁ、嬉しいっ!」
チッと舌打ちをした男は、つまらなそうな顔をしている。
「なにイチャついてやがんだ」
吐き捨てるようにそういうと、男は腕を振ろうとして——。
「ん?」
その腕が動かないことに気づいたようだ。
キール様とただイチャイチャしてただけなわけがないでしょ。
「さっきは縄を結び直してくれてありがとう、お返ししておいたからね」
さっきまで手首に食い込んでいた縄を思い出しながら創造し、その表面には周りの風景を象る。
隠蔽されたその縄を、キール様とお話ししながらゆっくりと無精髭の彼まで這わせ、巻き付かせたのだ。
「クソった……ぐああぁっ」
突然喉の奥から叫び声をあげた男の足や腕が、細く赤い槍のようなものに刺し貫かれている。
それはキール様の足元に垂れた血から伸びていた。
「リア、凄いじゃないか」
「キール様こそ。天啓を持っていたのですね?」
「ああ、私は強いといっただろう? さて、お前には色々と聞くことがあるな」
キール様はそういうと、縄で拘束され、串刺しになっている男に近づいた。
「はぁ……ここまでか」
男はそういうと、自嘲気味に笑った。
と思ったら次の瞬間には、そこに男の姿はなく——。
「む……?」
「キール様、上ですっ!」
ピーターの叫び声につられて上を見上げると、全身を血だらけにした男が武器屋の屋根の上に転がっていた。
急いで魔力の階段を象ろうとすると、男の姿はまたもかき消える。
「今度は……あっちですっ!」
さらに遠くの建物の屋根の上をピーターが指差した。
「まるで瞬間移動みたいですね」
「ああ。追ってもいいが……」
キール様はそういって、私を引き寄せるときつく抱きしめてきた。
「リアが無事だった。今はこの結果だけで十分だ。怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですよ。だからキール様……泣かないで」
「泣いている? 私が……?」
キール様は驚いた顔をして、頬を伝う涙を拭った。




