幼女
微かな頭痛と共に目を覚ました。
昨日はキール様とのお話が楽しくて、少し飲みすぎちゃったかも。
確か寝間着に着替えて、メリンダの寝顔を見てたらそのまま寝ちゃったんだっけ。
あれ、そういえばメリンダは……。
「おはよーございます、お嬢様」
よく見知ったメイドがそこにいた。
すでにパリッとメイド服を着こなして、微笑んでいる。
それにしても昨日はなんで私のベッドで寝ていたんだろう。
「メリ……あ、痛っ……」
ベッドから体を起こすと、頭痛がひどくなった。
それを見たメリンダが、水差しから水を注いで差し出してくれる。
「ふぅ、ありがと。それより昨日は何をしていたの?」
一口飲んでから、そう尋ねる。
別に何をしていたっていいけれど、見えない場所で嫌なことをされていたら嫌だもの。
「えーっと、まずは城内を案内してもらってですねー。それから細かい備品の場所などを聞いてー」
良かった。いじめられた、なんてことはなかったみたい。
侍女長のペチュニアさんも厳しそうではあったけど、いじめなんて陰湿なことはしなさそうだったしね。
「あとは……子守、ですかねー。それに疲れ果てたのか、お嬢様を待ってたらいつの間にか寝てましてー」
メリンダは表情を曇らせながらそういった。
いつも朗らかなメリンダがこんな表情をするのは珍しい。
私のベッドで寝てたのはいいとしても……。
「子守って? お城の中に子供がいるの?」
「いやー、うーんと……どうなんでしょうね? 本人はもう大きいと言い張っていましたけど。とにかく何故か気に入られちゃいましてー」
メリンダは苦笑いをしながらそう口にすると、不意にびくりと体を震わせた。
「————ァ! ——ダァ!」
遠くから聞こえてくる声は、城の構造も相まって何重にも反響して聞こえる。
それを耳にしたメリンダは顔を青くした。
「こっちに近づいてくるみたいだけど、まさかね……」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
けれど声が近く明瞭になると、確かにそばで震えるメイドの名前を呼んでいて。
バンッ——扉が開け放たれる。
「メリンダ! いたのだわっ!」
可愛らしい声だ。それに見た目も。
黄色がかった金髪は、大きな赤いリボンで留められている。
ウェーブがかった毛先は軽やかに踊っていて。
短い水色のドレスの裾からは、華奢な素足が覗いていた。
そこにいたのは——まさに幼女、だった。
「えっと……。メリンダ、子守っていうのはこの子?」
メリンダは首肯して、私の後ろに隠れた。
「やだー、子守やだぁ……」
メリンダは涙目でそう訴えている。
幼女は遠慮することなくずかずかと部屋に踏み入ると、腰に手をあてた。
どうやらおかんむりらしい。
「おふたりとも子供扱いしないでくださる? チェリエはもう大きいのだからっ!」
ふんす!と胸を張っているけれど……まぁ可愛らしいサイズだこと。
まあ私も自慢できるほどではないか、とメリンダの豊満な柔らかさを背中に感じてそう思った。
「チェリエ様っ!」
開け放たれたドアの向こうから侍女が走ってくるのが見える。
スカートの裾をたくし上げて、必死な表情で。
「はぁはぁ……だま、黙って出ていかれては……困ります!」
侍女はそう言い切ってから膝に手を当て、息を整えている。
その姿から、相当慌てていたことが窺えた。
「どうして? チェリエはメリンダに会いに来ただけだわっ!」
「あのー私はお嬢様の専属メイドですのでー」
私の後ろから顔だけを出して、そう訴えるメリンダ。
しかし、その訴えは届かない。
「そんなのはどうでもいいのだわっ!」
ふてぶてしい態度の幼女が即座に却下したからだ。
「とにかくメリンダはチェリエと遊びなさいっ」
「ううっ……しりとりも、塗り絵も昨日たくさんしたじゃないですかー。面白可笑しい失敗談だってもうネタ切れなんですってー」
「いいから来るのっ! 今日は物語を読んでもらうってチェリエがそう決めたんだものっ!」
よく言えば自由奔放、悪く言えば自分勝手といったところか。
私はそう心の中で呟いた。
それにしてもこの子は誰なんだろう?
「そういえばそこな娘、挨拶がなかったが名をなんというのだっ?」
「は、はぁ……私はローゼリアといいます、可愛らしいお嬢様」
「ではローゼリアよ。メリンダを貸し出してくれれば、挨拶のなかった不敬を不問にするのだわっ!」
不敬を不問にするって……。
覚えたての難しい言葉を使いたがっている子供そのもので。
「なぜ笑っているのだっ!」
「いいえ、ごめんなさい。じゃあ貸し出せない、といったら?」
私は可愛らしいお嬢様に、そんな意地悪をいってみた。
どんな反応をするんだろう?なんて好奇心で。
「うーんと……それならば城から追放でもするのだわっ!」
「それは困っちゃいますね……私はキール様の婚約者なので。でもメリンダも物ではないので貸し借りができるものではないのですよ」
小さな子どもに言い聞かせるように、優しくそう諭す。
けれど、目の前の幼女はそんなことどうでもいいとでもいった態度で。
「な、なんとっ! ローゼリアがキールのこ、婚約者だとっ?」
「キ、キールって……? それこそ不敬では?」
「何をいうかっ! チェリエはやつの、キールのおかあさまみたいなものなのだわっ!」
「……え?」
幼女は「なぜキールは教えないのだー」と地団駄を踏んでいる。
その様子は、先程の発言を一笑に付するには真に迫りすぎていた。
「あの……お母様というのは本当なのでしょうか?」
キール様と目の前の幼女との歳の差を考えれば、とても有り得ないのに。
それでも何故か幼女がついた可愛い嘘、だとも思えなくて。
「ふん、ローゼリアには教えてあげないのだわっ!」
「だってキール様は”親族といえるほど繋がりがある者はいない”といってましたし……」
「そりゃ奴はそういうのだわっ! いつだってチェリエを隠したがるのだものっ!」
隠したがるという言葉を聞いて、ふとあの紙のことを思い出す。
——辺境伯には大きな秘密がある
それは目の前のチェリエのこと、だったのだろうか。
「ということで行くのだわっ」
「お、お嬢様ぁぁぁぁ……」
考え事をして上の空でいると、いつのまにか私に隠れていたメリンダが小さな手で掴まれていた。
そして引きずられるように部屋を出ていく。
「ローゼリア様、申し訳ありません。あとで言って聞かせますので……今日だけはチェリエ様のワガママをお許しください」
チェリエを探しにきた侍女は、疲れきった顔でそういうと頭を下げた。




