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所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜  作者: しがわか
第1章

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11/42

藪から出てくるのは

 次の日、約束どおりの時間に馬車が迎えに来てくれた。

 私は家の玄関から顔を覗かせるとキョロキョロと辺りを伺う。


「大丈夫……だよね?」


 何度か左右を見渡して、隠れられそうな場所にも目を配って。

 それからようやく小走りで豪奢な馬車に乗り込んだのだった。

 御者は昨日も馬車で送ってくれた青年だった。


「よろしくお願い致します」


 馬車に乗って一息つき、声をかけると青年は困った顔で振り返る。


「お嬢様、あまり私に(へりくだ)らないでください」


 青年はバツが悪そうに鼻の頭をかいた。


 私は男爵家という貴族の末席の家に生まれた。

 付き合う人たちは皆、自分より身分が上の人たちだった。

 通っていた学院も貴族ばかりの学び舎だったから、自分が尊い身分だなどと思ったことは一度もない。

 だから心許した相手意外には誰彼構わず丁寧に接するのが癖になっていたのだ。


「ごめんなさい。でもそれじゃあ困っちゃいま……困っちゃうわよね」

「そうです、それでいいんですよ。では出発しますので揺れに注意してください」


 改めて考えてみる。

 身分とは一体何なんだろうか。

 今まで私を下に見ていた令嬢たちは私がキール様と結婚して辺境伯婦人になったら。

 そうしたら急に謙って接してくるのだろうか。


「馬鹿らし……」


 心にもないおべっかを並べられていい気分になるなんて到底思えなかった。

 しかしだからといって尊大(そんだい)な態度を取る気にもなれないどっちつかずさが私を悩ませている。


「自然でいいんですよ。不必要に謙らず、かといって無理に尊大にしなくていいんです」


 御者の青年は振り返ることもなくそういった。

 それはまるで私の心中を見透かしているかのようだった。



「メーリンダッ、来ちゃった♡」


 そんな私の声に、ベッドの上で体を起こしていたメリンダがため息をついた。


「なんで第一声が好きな殿方にかけるような甘い声なんですかー」

「だってメリンダ好きだもの」

「いや、そもそも私は殿方じゃないんですが。もしかして今まで勘違いしましたー? そりゃ私は髪も短いですし、胸も……アレですけど」


 そういってメリンダは口を尖らせる。


「そんなわけないでしょ。一緒に湯浴みしたことだってあるのに」

「いや、冗談ですって。本気にされると逆に不安になりますよー」

「ところで傷の具合はどう?」


 私が聞くと、メリンダはちらり自分の腹に視線を這わせる。


「おかげさまで予後は良好のようです。シュバルト様から聞きましたよ、大分無茶したらしいじゃないですかー」

「え? あ、えへへ。傷……残っちゃうかな?」

「傷を見てくれた人によるとしばらくすれば消えるだろうって。でも私にとってはお嬢様を守った勲章だったりするんでー」


 メリンダはちょっぴり照れながらそういうと、ところで……と続けた。


「ミザリィ……様はどうなったんですか? シュバルト様は詳しく教えてくれないのでー」

「あの後、メリンダを刺してすぐに逃げちゃったの」


 私は自分が刺されそうになったことを隠してそういった。

 今その話をしてもメリンダを不安にさせるだけだから。

 

「逃げた? じゃあまだお嬢様を狙っているかも知れないじゃないですかー」

「うん……それで今は、馬車で送り迎えをしてもらっているの。だから安心して?」

「憲兵団の方には連絡をしたんですか?」


 メリンダが真剣な顔で問いかけてくる。


「うん、それについてなんだけど……」

「おほん」


 後ろからわざとらしい咳払いが聞こえる。

 振り返ると、そこにはキール様の専属執事であるシュバルトさんが立っていた。


「申し訳ありません、盗み聞きをしていたわけではないのですが……こちらが」


 シュバルトさんの指差すほうをちらりと見る。


「……開け放たれておりましたもので」


 どうやら早くメリンダの顔が見たくてドアを閉める手間も惜しんでしまっていたようだ。

 そんな私を我が家のメイドがじとっとした半眼で睨む。

 顔が見たかったとはいったけどそんな顔が見たかったわけじゃないのに……。


「ところで、今話されていたことについてなのですが」

「憲兵団についてですか?」

「ええ。奥様……失礼。ローゼリア様にはお伝えしたとおり、昨日の間に辺境伯家から届け出をさせて頂いております。ですが……」


 シュバルトさんの顔が曇る。

 あまりいい報告ではないのだろう。


「どうやら事件としては扱われないことが決まったようです」

「ど、どうしてっ?」


 思わず食って掛かるようになってしまった、けれど仕方ないでしょう?


「まず相手が伯爵家だったということ、それと目撃者がいなかったことです。これがなにより大きい」

「そういえばあんなに騒いでたのに人が……」


 昨日のことを思い返してみると、どうも不自然だった。

 いくらあの場所が大通りから外れている場所とはいえ、普段であればもう少し人の往来があってもいいはずだ。

 

「実はあの時間、辺りは人払いがされていました」

「人払い?」

「ええ、街のごろつきを使ったのでしょう。路地や人の通りそうな場所に集団がたむろしておりました。その上で少しでも人を減らそうとしたのでしょう、ご丁寧にも近隣店舗の看板を休業中のものに変えてさえおりましたな」

「ならシュバルトさんはどうやって……?」


 そう聞くと、執事は剣呑な雰囲気を一瞬覗かせた。


「私は、これで……」


 シュバルトさんが手刀を降ると、ひゅんという空気を裂く音がした。


「お、お強いんですね」

「この程度は執事の嗜みですから。というわけであまり状況は変わっておりません」

「そう……ですか」


 俯いた私に、ですがと優しく声をかけてくれるシュバルトさん。


「旦那様へは既に報告を()()()()おります」

「キール様へ?」


 確かキール様は一昨日の夜に領地へ向かって出発したはずだ。

 辺境伯領へは馬車で一週間ほどかかると聞いた。

 早馬かなんかで報告したのだろうか。


「ただ……」


 シュバルトさんは苦虫を噛み潰したような顔で唸るように呟く。


「相手の家が家だけに旦那様も対応に苦慮されるかもしれません」

「伯爵家というはそれほどまでに影響力があるのですね」


 貴族でありながら権力関係に詳しくない私はそう納得した。


「いえ、決してそういうわけではなく。むしろ立場としては旦那様の方がよほど上です」

「ではなぜですか?」

「そうですね、シェリングフォード家の歴史をご存知で?」

「いえ……浅学非才で恥じ入るばかりです」


 身を縮こませるとベッドの上から意地悪な笑い声。

 絶対にあなたも知らないでしょう!?


「いえ、そう多くの者が成り立ちを知っているわけではありませんので」


 そうシュバルトさんはフォローしてくれた。

 なんてやさしいおじい……おじさまなんだろう。

 

「あの家は元々、シェリングフォールドと名乗っておりました。シェリングとは砲弾、つまり戦争を意味します。そしてフォールドは降伏。言葉から分かるように戦争によって他領を屈服させることで大きくなった家なのです」

「戦……争?」

「ええ。やがてフォールドは意味を失いフォードに変化していきましたが、本質は変わっておりません」

「つまり……」

「喧嘩っ早いのですよ」


 それは大変だ。

 下手にミザリィを突つくと藪からドラゴンを出すことになるかもしれない。


「とはいえ実のところ喧嘩なんてものは些末(さまつ)なことです」

「え?」

「本題は別のところにあります。シェリングフォード領は、鉄の一大産出地なのです」

「鉄……」

「その産出量はこの国の総産出量の半分以上ともいわれています。」


 この国中の半分というと想像もつかないけれど、きっと相当な量になるのだろう。

 

「そしてその有り余る鉄を使って、シェリングフォード領はこの国の武器や防具の製造、その大半を担っているのです」

「つまり揉めることでその武器や防具を取引できなくなる、と?」

「ご明察です。取引できなくなるまではいかなくとも足元を見られる可能性は十分にある」


 だから辺境伯様は対応に苦慮される、といったのだ。


「なにしろ我が辺境伯領は今、武器と防具が大量に必要な時期なのです。なぜなら——」


 これからすぐに戦争が始まるかもしれないのですから。

 その言葉は私の心を跳ねさせた。

 辺境伯領が戦争ということはもちろんキール様が陣頭指揮を執るのだろう。


 ——危ないことはないのですか?

 ——大丈夫、私は意外と強いからな


 急にそんな会話と下手なウインクを思い出して、気がつくと私は自分の肩を抱いていた。

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