第12話:返してくれ!
「どうしようもなく、愛していたの」
俺の元嫁は、そんなことをほざいて許しを乞うて来た。
俺が高校2年生まで育てて来た息子が、托卵であることが先日判明したのだ。
ワンワン泣いて、息子の実の父親があまりにも父親として不適格な男だったから、息子が不憫で立派な男である俺と結婚したと。
……ふざけんな。
恋愛しか頭になく、倫理観と正義感を母親の胎内に置き忘れてきた猿が。
元嫁は謝れば許してもらえると楽観的にこのことを捉えているようだ。
しきりに息子が息子がと連呼してる。
息子のために仕方ない行為だったんだ。
あなただって息子を可愛がっていたじゃ無いか。
連れ子みたいなものだと思えないかな。
そんな寝言をほざいてる。
「思えるわけないだろ、ヴォケ!」
俺は耐えきれず、大声を上げた。
「お前とは離婚だ! 養育費も払わん!」
言いつつ、息子に貰ったミサンガを、手首に巻いていたそれを全力で引きちぎった。
もう、息子への思いがゼロになったから、こんなものに何の価値もない。
その言葉と行為を見て
「酷い! あなたには人の心が無いの!?」
そんな意味不明の戯言をほざく元嫁。
……そう、元嫁だ。
托卵が発覚した瞬間、この目の前のメスは元嫁になった。
離婚は決定事項になったからな。
そうして、俺は離婚した。
親権は向こう。
俺は育てる気なんて無かったし。
養育費も拒否した。
だけど……
弁護士曰く、どうも法律的には実父登録が一度済んでしまうと、生物学的に父親では無いと分かっても、法的実父に養育費の支払い義務が発生するらしい。
なんでだよ!? と思い、俺はまたキレそうになった。
……即座に、裁判で親子関係の解消を申し立てれば、その義務を放棄できるとの話をしてもらい。
いくらかかっても良いから、やってくれとお願いした。
そうして……
俺はなんとか、息子との親子関係を解消し。
元嫁から慰謝料を限界額まで毟り取り。
リリースすることに成功したんだ。
……しかし。
俺の怒りはまだ収まらなかった。
元息子を高2まで育ててしまったことが悔しい。
腹が立って仕方ない。
……でも。
その費用を返してくれと元息子に要求することは、法的にはどうやってもできないんだ。
腹が立つ。
俺は17年も騙されて、金を巻き上げられたのに……!
「この国は狂っている! 女ばかり有利な、イカれた法体制だッ!」
飲み屋でひとり、俺がウイスキーを煽りながら怒っていると。
「そうだよね。その通りだよ」
……いつの間にか、隣に男が座っていたんだ……。
角刈りの男が。
黒い全身タイツを身に付け、背中に亀の甲羅のようなアーマーを背負い、スニーカーを履いた若い男。
彼は言ったんだ。
「本当に狂ってるよね。クズ女のやり放題。真面目な男が人生を貪られる、歪な法律だよ」
俺はその男に、親近感を持ってしまっていた。
あとから考えると、異様な風体の怪人なのに。
その男は
「あなたにこれを進呈する」
そう言って、メモ帳みたいなものを差し出して来たんだ。
「……これは?」
俺が男に訊ねると
「万能返還請求書……不当に奪われたものを必ず取り立てるアイテムだ」
使い方は、貸しがある相手に、返してもらいたいものをそこに書いて送りつける。
すると最優先で借りていたものを返してくれる。
……ただし。
これを使うと、相手にも同じ権利が発生する。
そこだけは忘れないで……
それだけ言って。
男は自分の酒を飲み干して席を立ち、店を出て行った……
家に帰った俺は、元息子にさっそく請求書を送りつけた。
書いたのは
『お前の17年分の養育費』
着払いにしてやりたかったけど、それをすると受け取らないかもしれないので。
現金書留で送った。
……現金書留なら、涎を垂らして受け取るはずだ。
ご祝儀で1万円。
まぁ、それ以上を返してもらうんだけどな!
その後。
元息子から、毎月5万円ずつ金が振り込まれてくるようになった。
……請求書の効果は本物だ!
俺は興奮した。
今、何をしているのか分からんが。
あいつにとって、月5万の返済は痛いハズ。
ざまぁみろと思った。
……何か、満たされないものを感じながら。
そして数年経った。
返済は毎月滞りなく続いていたが。
ある日。
数百万円が振り込まれたんだ。
どうやら元嫁が事故でくたばったらしい。
やったぜ!
17年騙された恨みは俺はまだ忘れていない。
今頃は地獄で閻魔様に舌を抜かれているだろう。
ざまあ、だ!
そう、喜んでいたら。
手紙に同封されていたんだ。
あのときの請求書が。
手紙の最後にはこうあった。
『母の生命保険で、僕の返済は終わりました。次はあなたの番です』
……俺の番?
そういえば……
俺は元息子が生まれて3年後くらいに、会社で苦しい仕事に回されて。
将来のためだ、家族のためだと頑張ったけど。
その仕事の難易度や圧倒的量に押し潰されてさ……
当時俺は電車通勤だったんだけど。
終電を待って駅のホームで椅子に座っていたら。
なんとなく、ホームに飛び込みたくなったんだ。
……直前で、無邪気にはしゃぐ息子の顔が思い浮かんで、止めたんだけど。
自分だけが与えているとは限らないんだ。
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