第10話:勇者の魔法
勇者あるある
「畜生! 俺たちはクソ野郎を倒しただけだぞ! これは世直しだ!」
俺は取調室でそう叫んだが、刑事さんは聞く耳持ってくれなかった。
「正義気取りか。……他人の金を奪った癖に」
金を奪って何が悪い!
相手はクズなんだから、金を奪っても良いだろ!
RPGで勇者は魔物を倒してお金と経験値を得るだろうが!
俺は、俺たちは魔物「人間のクズ」を倒して、日本円を得ただけなんだよ!
俺は底辺高校に通う高校生・久津夫だ。
俺は金が欲しかった。
小遣いがほとんど貰えなかったから。
バイトをしようにも、バイトをするとクソ親が給料を巻き上げようとしてくるだろうし。
第一、他人に顎で使われるのは抵抗がある。
だから仲間に言ったんだよ。
俺の部屋でダベっているときに。
「なぁ、クズ狩りしようぜ」
「クズ狩りって?」
スマホを見ていたツレの女の雲子が俺の言葉に反応し、顔を上げた。
同時に漫画を読んでいた他の仲間の2人も視線を向けて来た。
「クズ野郎を狩るのさ。……例えばパパ活やってるオヤジとか」
そんなやつら、クソじゃんよ。
金で女の子を玩具にしようなんて考えてるところとかさ。
そういう奴をボコって、金を取るの。
そんでクソ野郎が腐ったことに使う金をさ、俺たちが有効に使ってやろうぜ。
俺の提案に、仲間3人は一瞬乗り気になったが
「でも、そんなことして捕まらねぇか?」
「大丈夫。未成年を金で買う事自体が犯罪なんだ。ボコボコにされても、警察には駆けこまねえさ」
そんな真似したら、自分がパクられるからな。
俺はそう、男友達の塵矢と狗蘇男に答えた。
仲間たちは「なるほど」と頷いた。
そんで、そこからは早かった。
俺は、スマホでSNSにアクセスし、パパ活してそうな男を探し。
見つけたら雲子に接触させ、誘惑させた。
で、呼び出し。
おっさんだったんだけど
そいつを人気の無いところに呼び込んで
「お前さ、女子高生を買うのは犯罪だって知ってるよな?」
「警察に駆け込まれたくなければ金寄越せ」
そう言って脅し、そいつの財布の有り金全部手に入れた。
そしてその後そいつの銀行ATMから、1日分の引き出し上限50万円を引き出させた。
結果合計60万円以上の利益。
やったぜ!
どんなバイトよりも稼げる!
初日はそんな感じで大勝利で終わり、次の日はもっと稼ごうと思ったんだけど。
次の日、早々に警察が来た。
そしていきなり逮捕された。
……どうやら、あのおっさんが警察に駆け込んだんだ。
犯罪者の癖に何してんだ!?
そして警察も犯罪者の訴えで何をやってんだ!?
俺は警察で、おっさんが犯罪者であることを訴えた。
なのに、何も聞いてくれなかった。
意味不明だ!
俺たちは狩っていい相手を狙ったのに!
警察は言った。
額が額だ。
そして向こうの処罰感情が強い。
覚悟しておけ。
そう言われて、豚箱に放り込まれた。
……終わった。俺の人生……
「ちくしょおおおおおおお……!」
そう一人、檻の中で吼えたら
「……可哀想に」
檻の中に、俺以外にもう1人居たんだ。
そこには角刈りの男がいた。
黒い全身タイツを身に付け、背中に亀の甲羅のようなアーマーを背負い、スニーカーを履いた若い男が。
彼は腕組みをして見ていた。
気の毒そうな顔で。
それを目にした俺は……
やっと、話が通じる人が現れた。
そう思ったんだよ。
怪しい、とは思わずに。
「分かった。キミは勇者になりたいんだね」
俺が自分の身の上に起きた不幸な出来事、理不尽な出来事を語ったら、彼はそう答えてくれる。
とても優しい笑顔で。
そしてこう言ってくれた。
「だったらキミはこれから勇者だ」
……え?
俺が……勇者?
勇者になるってどういうことだ?
勇者にしてくれるのか?
俺の中で、小学生のときに遊びまくったRPGの勇者のことが頭を駆け巡った。
16才の誕生日のとき、母親に連れられて王様の下に……
そんなことを考え過ぎて、前が見えなくなって。
気が付いたら。
……あの角刈りの男は消えていた。
なんだったんだ……?
そう思って、豚箱の中で戸惑っていたら
ザッザッザ、という人の足音が聞こえて来た。
え……何だ?
不安になった。
裁判? 刑務所連行?
だけど
「勇者様。署長がお呼びです」
……数人の警察官が豚箱の檻に入って来て。
俺に言って来た言葉に。
俺自身がメチャクチャ驚いた。
「おお、勇者よ。この街を救うために魔王を倒して欲しい。頼むぞ」
署長室に連れてこられて、俺は。
署長にそんなことを言われて。
特殊警棒と木刀2本、そしてジャケットと五千円札1枚。
それだけもらった。
えええええ?
「さあ、仲間とともに旅立つが良い!」
そして署長はそう言い、仲間と引き合わせてくれた。
仲間は当然、あいつらだった。
雲子、塵矢、狗蘇男……!
「このジャケット、防刃ベストって奴だよ」
そんなことを塵矢が言った。
俺たちは釈放された。
そして俺は、俺の身に起きたことを説明し
今後の行動について話し合った。
「勇者なんだろ? じゃあ悪を倒してもこの前みたいにまず逮捕はされないよな?」
「あたぼうよ」
そこは基本だよな。
「他人の家に入っても逮捕されないよね?」
そこも基本だよな。
「家の中のもの盗っても逮捕されないよな」
だって勇者だしな。
そして俺たちは、また同じようにパパ活野郎をSNSで探して、雲子に誘惑させて呼び出した。
馬鹿なクズのおっさんがのこのこやってくる。
前はここで、人気の無い場所に誘導して、そこで脅した。
だけど今度は……
「死ねキモイおっさん!」
俺はいきなり特殊警棒で殴りつけた。
天下の往来でだ。
「ぎゃああ!」
悲鳴をあげるクズオヤジ。
男のツレ2人も、木刀でおっさんを殴った。
そのままボコボコにして、持ち金を奪い、キャッシュカードも奪って、暗証番号も聞き出した。
……そして今度は、俺たちは警察に捕まらなかった。
おっさんに、道端で拷問まで加えてボコにしたのに。
……魔物を倒しても、処罰されない。
本当に勇者なのか。
最初は若干躊躇はあったが、俺はここで確信を得た。
俺たちは、悪人限定で何をやっても許される!
「WOW WOW WOW WOW!」
カラオケで俺は熱唱していた。
仲間たちが一緒に乗って騒いでくれる。
あれから……
パパ活狩りに精を出した。
おっさんから金を奪い、貯金を奪い、住所を聞き出し家の鍵を奪って、家の中の金目のものを奪う。
そこまでしても、警察はやってこない。
キャッシュカードの暗証番号を聞き出すときに、拷問の匙加減を間違えて、1人殺してしまったが、それに関してもお咎め無し。
うおおおお! すげええ!
悪人限定で、何をしてもいいのか!
メッチャ興奮した。
「すごいよね勇者って」
ニコニコしながら雲子が言った。
「50万円のバック、買えちゃった!」
ヤツの手元には、高校生の手には入らないキラキラしたブランドものバックがオーラを放って輝いている。
「この後中華料理を食べに行こうぜ! あの店の!」
塵矢が選曲しながら言う。
ここのところ、一流店の御馳走以外口にしていない。
「次の狩りで使いええええ」
そして狗蘇男が、自動拳銃を構えていた。
……無論、これは本物だ。
パパ活野郎の中に、暴力団関係者が居たんだよ。
そいつの家を探索したときに、家から出て来たんだ。
そこで俺たちは、狩ったのが暴力団だったんだと気づいたのだけど。
それにショックを受ける以上に、本物の拳銃を手に入れられたので。
すげえ興奮したんだ。
毎日がわくわくもんだ!
素晴らしい勇者って!
そしてカラオケが終わった後。
閃くものがあった。
「なあ、飲み屋に行ってみようぜ」
俺は仲間に提案する。
「え?」
「俺たち未成年じゃん」
そんな仲間の言葉に、いやいやいやと心で言い
「……勇者は酒場に行くものだろ?」
で、行ってみたら、お咎めが無かった。
仲間も驚いていた。
酒、普通に注文できて。
俺たちは、はじめての飲酒を楽しんだ。
「……飲み過ぎた」
狗蘇男のヤツがゲロするほど飲んで、そこで終了。
頃合いだということで、4人フラフラしつつ外に出る。
「でも、なかなか美味かったよな」
「さすがに1杯1000円のお酒は美味いね」
ヘラヘラ笑いながら、感想。
「料理だって美味かっただろ!」
「狗蘇男は全部吐いただろー?」
ハハハハハ!
俺たちは楽しく笑った。
明日も、今日が続いていく。
そう思っていた。
……塵矢の頭が、いきなり通行人に殴られたんだ。
鉄パイプで。
メギョ、というすごい音がした。
殴られた塵矢は倒れて痙攣している。
……え?
混乱する俺。
そんな俺に
「……よぉもワシの舎弟をやってくれたのう? 勇者よ」
……見るからに筋モノの男が、そう言って来たんだ。
え……? どうして……?
ここ、天下の往来だぞ?
そこらじゅうに通行人が居るんだぞ?
なのに、何でこんなにたくさんの男たちが俺たちを絡んでいるんだ?
なんで通行人は無反応なんだ?
……いやいや、それ以前に。
何で俺たちが、魔物退治のことで、他人の襲撃を受けているんだ?
俺たち、勇者だぞ?
「く、久津夫を離せ!」
俺の混乱は収まらなかった。
けれど
狗蘇男がふらつきながら、拳銃を抜いて、構えようとした。
酔ってはいるが、あいつは復活が早かったんだ。
だけど
狗蘇男は拳銃を構える前に、男たちの1人に後頭部を鉄パイプでブン殴られた。
ぶっ倒れて、痙攣する。
一切手加減の無い一撃。
死んでもいいと思ってる一撃。
け、警察……!
「いやあああああ!!」
雲子が、路上で着ている服をひん剥かれていく。
泣き叫んでいる。
……俺は逃げ出した。
これは俺の手に負えない。
警察だ!
警察に頼むしか!
必死で走った。
この先に、確か交番が……!
心臓が跳ね回る。
恐怖に追い立てられる。
嫌だ!
助けて!
お巡りさん!
俺の目に、交番が見えたとき、俺は救われたと思った。
駆け込む。
最近の交番は、無人の場合がある。
パトロールか何か知らんけど、全員外に出てる時があるんだ。
だけど運が良いことに、今日はちゃんと警察がいた。
中年のがっしりした男性警察官2人だ。
俺は彼らに訴える。
「助けてくれ! 筋モンが俺たちを殺そうと!」
悲鳴をあげるようにそう訴えた。
訴えたんだ。
けれど
こう言われた。
「……勇者様。魔族と戦うのは勇者様以外居ないんですよ?」
何を言ってるんですかね?
そういう顔で返されたんだ。
魔族……?
最初意味が分からなかったけど。
だんだん、分かって来た。
あ……そっか。
俺たち、勇者だから……
魔物との戦いは、誰にも助けて貰えないのか。
どうしよう……?
俺は絶望した。
状況によって出したり引っ込めたりするのは真の勇気じゃないんですよ?