表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3

 まだ、私や王子が学園へ通い始めた頃。

 彼は婚約者の義務として、園内の催しに数度だけ私を伴って参加したものです。


「お前はどうしていつも退屈そうなのだ」


 無遠慮に過ぎる物言いでした。

 どうにも王子は人を笑わせるのがお好きな様で、学園でも気安く下々の者達とも関わりを持っていたと聞いています。

 開明的であった王族により、国内の優れた才人を貴族の学び舎へ招き入れたことに否やはございません。ただ、彼らには彼らの常識があるように、貴族には貴族の常識があるものです。


「退屈なのではありません。あのように人前で大きく笑うなど、貴族の子女が行うべきことではないのです」

「分かり易くて良いではないか。それに、見ていると心地良い」


 既にあの女との交流を持ち始めていた彼は、殊更に平民を気に入り、彼らの暮らす場所にまで脚を伸ばそうとしていたのだとか。


「それは結構なことですが、分別を弁えぬ行動は恥となります。たった一つの傷を生涯言われ続けることになるのですから、王子にはもう少し自重して頂きたいと考えております。また、気安さは軽視へと繋がります。王子から視線を合わせるのは良いとしても、向こうから覗いてくるのは不敬とも言え――――」

「もうよい」


 鬱陶しい。彼の分かり易い顔にはそう書いてあったと思います。

 私は教え込まれた作法に従い、彼の首元を見て話しておりましたから、見たのはこちらを置いて戻り始めた時の横顔だけでしたが。


「王子」

「義務は果たした。其方と居ても退屈するだけだ。不敬な者達が嫌なのだろう? ならとっとと帰ればよい」


 言葉を放り捨てて、本当に彼は去って行ってしまったのです。

 遠巻きに、最初からそのつもりだったのでしょう、平民女を連れた、王子の幼馴染が手を振っているのが見えました。


    ※   ※   ※


 馬車が止まったところで目を開く。

 手は腰元に据え、視線は俯けたまま身体を休めていた私は、外の様子を察して降りることと致しました。


 王子との婚約が破棄されたことで舞踏会をお開きとし、どうにか場を締め終えて帰るところだったのですが、最低の予測が当たった様です。


「あら。お見送りでしょうか。随分と物々しいご様子ですが」

「彼女の仇を討たせて貰う」


 中央通りを固める三十名程の騎士を引き連れて、王子の幼馴染が馬車の前方に立ちはだかっておりました。

 騎馬も居る様なので、無理に突破しても追われ続けるだけ。

 しかもここは、中央通りでも広場に繋がる大門前、通路が少しだけ狭まっている場所です。


 私は左右を護衛に守らせつつ、勤めて冷静に返答を致しました。


「私のした話をご理解頂けなかったのでしょうか。すぐに兵を退いて道を開けて下さい。そうすれば、見なかった事と致します」


 消沈する王子を置き去りに何処かへ行ったと思っていたら、見送りをしている間に兵力をかき集めていたのですね。

 阿呆に権力を与えると碌なことをしないと言いますが、まさか最低限の理解も得られないとは。


「ふざけるな。彼女の仇を討つ。貴様の骸を大門へ吊し上げ、腐り落ちるまで晒し続けてやる……ッ!!」

「あのぉ」


 仕方なく説明をすることと致しましょう。


「アーベンドルテ家は隣国へ編入されることになっている、とお伝えした筈ですが、その意味を考えたことはございますか? 貴方は今、混乱の渦中へ沈みこもうとしている王国を、隣国との戦争へと引きずり込もうとしているのですよ? 仮にもいずれ王の側近として国を支える教育を受けてきた者が、あまりに短慮な行いではありませんか」


「黙れ!! 彼女を殺しておいてッ、あのような辱めを与えておきながら!! おめおめと逃げ果せると思うな!! オマエは殺す!! この手でありとあらゆる屈辱を与えて、その魂が一時たりとも休まらぬ様、絶望を刻み込んでくれるッ!!」


「どうしても戦うと」


「クドい!! 貴様の死体は牢獄へ放り込みっ、その様を世界へ知らしめてくれる――――この売国奴が!!」


 よくもまあ、そのように次々と屈辱を与える殺し方が浮かぶものですね。


「売ったのではなく、王家から裏切られたのですが」


「掛かれェッ!! 全員捕えて八つ裂きにしてくれる!!」


 全く会話になりません。

 こういう、表面的には話しているようで、相手の言葉をまるで聞く気の無いモノとの会話が一番疲れるのです。

 当人は理性たっぷりに発言していると思い込んでいるから余計に始末が悪い。

 最初から無理だとは分かっていましたが、せめて家を背負う立場としての判断程度は期待しても罰は当たらない筈ですよね。

 なのに、コレは。


「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………、承知致しました。では」


 片手を挙げる。

 剣を振り上げて迫る者達、その横合いから、無数の矢が飛来して瞬く間に殲滅してしまいました。


 手を下ろす。


 後ろから飛び出していった護衛達が素早く騎士の息の根を止めていき、かろうじて残った者もこちらの護衛が中に鎖帷子を着こんでいることを知り、絶叫を挙げて刺し貫かれていく。そもそも手にしているのは槍。間合いの外から囲まれれば、携帯しやすいだけの剣や短剣では相手になりません。

 装備が違い過ぎて戦いにもなっていない様ですね。

 掃討が進む中、まだ息のあった幼馴染さんが引っ立てられて来ました。

 頼んだ訳ではないのですが、仕方が無いですね。


「……な、なぜ……」


 首に矢が刺さっています。

 それでよく生きているものだと思いますが、長くは無いでしょう。


 先ほどはついため息が出てしまいましたね。

 いけません。淑女たる振舞いを心掛けねば。


 思慮無き虫とはいえ、努めて冷静に応じることと致しましょう。


「立場を失い、王国から離脱する。それがどんなことを呼び込むか理解もせずあの場で宣言したと、どうして思うのですか。王都には予め兵を潜伏させています。ここの様に、待ち伏せに適した場所は全て抑えさせていますし、万が一にも予期されていた場合に備えて、十分な装備を揃え、王都近郊にも戦力を配置しています」

「馬鹿、な。そん、な、こと」

「どうして出来ないと思うのですか。アーベンドルテ家はこの国の第一派閥を率いていたのですよ。共に派閥を抜けるだけでも八割以上とも申し上げました。むしろ、今率いていた者の中にこちら側の者が居なかった事を奇跡と思うべきでしょう」


 その辺りは、王家と共に古くから国を支えてきた一族の強みでしょうね。

 だからこそ現状に甘んじて、このように判断を誤る様な後継者を育ててしまうのですが。


「ッ、殺、す……!! ぜ、っ、に……っ、お、まえ!!」

「さて困りましたね。襲われたのはこちらですが、当家としてもあまり事を荒立てない様努めてきました。ここで貴方の死が広まってしまうと、後に面倒を抱え込むことになりそうです」


 疑惑を向けられるのは当然とはいえ、証拠が無ければ知らぬ存ぜぬで通せはする。

 まさかご当主までもが短慮を起こして隣国へ戦争を仕掛けるとは思いませんが、手を打っておきましょう。


「そういえば、貴方も殊にあの芋女を気に入っていましたね」

「かた、きッ、おま、があぁッ」

「実は、首は王子へ差し出したのですが、身体の方はまだこちらで保管しております。早めに処理しておきたかったのですが、舞踏会の前にボヤ騒ぎなどあっては取り仕切った当家の名折れ。仕方なく後ろの馬車に乗せてありますよ」


 血走った目で最早言葉にもならない叫びを挙げる様に、ついつい首を傾げてしまう。

 騒がしい虫というのは実に……いえ、汚らわしい言葉を使ってはいけませんね。


 私は手を合わせて思い付きを提案致しました。


「そうです。先ほど私を殺して罪人達に与えると仰っていましたよね? 平民達への慰撫に熱心だった貴方には、()()()()()その身を以って貧民街の慰み者になってはいかがでしょうか。一応監視は付けますので、世間へ知られることが無い様に配慮致します。お忍びですよ。お好きだったでしょう?」


 公表して行う事で相手へ最大限の屈辱を与えることが出来るものでしょうが、今回だけは特別です。

 あの辺りはカラスも多いので、飽きられたら処理もしてくれる。

 私も調べていて驚いたのですが、浮民というのは実に逞しいものですね。


「さて、足止めをされましたが、その他の愚か者が出てこないとも限りません。気を付けて領地へと戻りましょう」


 呻く死体から興味を失い、私は馬車へ乗り込んで静かに目を閉じました。

 頭に浮かんでくるものを追い払い、ただ真っ暗な世界を見詰めて。


    ※   ※   ※


 そして無事に領地へと辿り着いた私は、隣国への編入や王都からの移民受け入れなどに付随する仕事へ忙殺されていきました。

 隣国からの使者を接待し、関係を構築して友好的な状態を作り出す。派閥に関しても、新参者である私達への風当たりは強く、また貪欲な東国の貴族達相手に立ち回るのは実に骨が折れました。

 ですが、元より学園で王子が成すべきだった派閥の運営や雑務を引き受けていた身。事が大きくなっただけでやる事は変わりません。


 やがてアーベンドルテ家が王国からの離脱を宣言してから。

 あるいは私が王子の婚約者ではなくなってから。


 三か月の後に、王国に火の手が挙がりました。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 格段に面白いです。舞踏会会場からの帰り道での攻防戦と舌戦は特に読み応えがありました。 [気になる点] 幼馴染みさんは首に受けた矢で死亡。その時別のことをしていたと思われる王子さんの行動も知…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ