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No title2022/07/03例え貴方を抱きしめられずとも
物質世界を煩わしく思っていると、ある日幽体離脱が出来るようになった。
最高だ。幽霊だとお腹が空かないし、痛みも感じない。睡眠欲もない。そして誰も私を見れない。
夜、兄の部屋に忍び込み、寝ている兄を一方的に観察するのが日課になった。私の本体は寝ているので、肉体的疲労は着々と回復する一方、この行為で精神的疲労も癒される。休息として非常に効率的だ。
夜だけでは飽き足らず、私は昼間も幽体離脱をして過ごすようになった。兄は寝たきりの私に何も言わない。まあ、そういう人である。
昼間は常に幽体でいるわけではなかった。時たま、肉体的快楽が欲しくなった時だけ、生身に戻るようにしている。
「貴方をこの手で抱きしめたいからなんですよ」
緩やかに日々を過ごす中、事件は起きた。幽体離脱デートをしていると兄が通り魔に襲われたのだ。家に体を置いてきた私は兄を救けられない。
家で1人、呆然と目が覚め、絶望した。乾いた声で救急車を急がせたが、間に合わず、兄は死ぬ。死んだ。何てことだ。体がないはかりに、私は何てことを。
栄養失調か、目眩がして私は倒れた。
そうして幽体離脱をして起きた時、傍に兄の幽霊がいたものだから、笑ってしまった。
「いつも、こうやって俺の寝顔を見てただろ」
ねえ、やっぱり、肉体なんて要らないですよ。




