No title2022/07/03死なば酸素欠乏で
兄は人魚だった。
今は人間だ。魔女である私が人化の薬を作り、兄に無理やり飲ませたからだ。流石は御伽噺の秘薬。効果は覿面で、兄は自分が人魚だったことも忘れている。
でも、デートの時だって水族館へは絶対に行かなかった。ざわざわざわざわ、魚達は喚くのだ。海の母の子をあるべき所に返そうと、兄はもう魚の言葉が分からないとは言え、ぶくぶくぶくぶく。兄を呼ぶのだ、かぷかぷかぷかぷ。
煩いな、クラムボンも死んだんだよ。
兄を唆そうたってそうはいかない。私はまな板の上の鯵を捌く。少しでも憎き追っ手が減るよう、私は毎日魚を食べていた。
兄は自分も食べたい等と駄々を捏ねるが、あいつらが兄の体内に入るだなんて許せないので断固拒否。
近くの川が氾濫した時、水を通して海の者の怒鳴り声が聞こえた。不安で夜も眠れないので山奥へ引っ越す。
4日前、大きな地震により、山なのに津波がやってきた。このままだと日本列島を沈めるくらいはしてきそうで、俄に焦って引きこもった。
ここ3日は大雨が降っている。
どんどんどんどん、水位は上がり、私達は風呂場に鍵をかけて閉じこもった。雨の檻に入れられているようだった。
聞こえてくる海の泣き声を誤魔化すよう、私は兄と喋る。風呂場に笑い声が反響した。
幸い、ここにはカミソリがある。どうか泡にならず、あわよくば私と人間のまま死んで欲しいと思った。
「肺呼吸とエラ呼吸、どっちがいい?」
「エラ呼吸なんて出来ません」
「奇遇だな。俺もだ」
だから、水中では死ぬと言う兄が、本当は全てを知っているように思えて、少し泣いた。




