No title2022/02/19
私は、今まで物を捨てない兄が鬱陶しかった。
兄は何でも保存するのが好きだ。何でも必ずバックアップをとって、日記を毎日見開き1ページ書く。写真を撮り、気味が悪いくらいに何でもかんでも保存する。
この世の全ては有限で、価値があるものだと兄は思っているのだ。
兄の代わりに物を捨てるのは私の役目だった。私は兄の留守中に、少しずつ物を捨てる。それに気付かない筈ないのに、何も言ってこない兄が私はまた気味が悪かった。
そんなある日、私は兄のクローゼットに丁寧に隠された旅行鞄を見つける。中身は1人分のお金や保険証、定期といった必要最低限の物しか入っていない。
あの物を捨てられない兄が、たったこれだけ。
私は直感的に悟った。兄はこの家から逃げるつもりなのだ。私を置いて、この小さな鞄1つで。
兄にとっては私も、保存し終わったら捨てられてもいい大量にある物の1つなのだった。
今夜あたりに出ていきそうだと、私は兄を観察した。
私はあれから何もしなかった。問い詰めも、鞄を捨てたりもしなかった。諦めていたのだ。
「次はアイスでも買って帰るから」
次なんて本当にあるの?
兄は私の後頭部を押す。カチリと知らない音がして、家の全システムを統括していた私は動きを止める。時の流れを止められた家は、そのままの状態で保存されるようだ。
私は意識だけを保って、真空パックのようなゴミ屋敷の中で喘ぐ。
兄はきっと、また私のコピー品を買って、物を増やし、保存するだけ保存して、また捨てるのだろう。
兄は保存行為が好きだから。
兄はまだ帰ってこない。
きっと、兄はまた、まだ、また。




