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第3話


 やがて、町役場から解放されると、町人たちは手分けして動き始めた。

 事前に打ち合わせていたこともあり、声を掛け合いながら、町の被害状況を確認する。町人たちは精霊様の行方を気にかけたが、町が復興するまで周囲の警戒に注力すると警備隊に言い残して姿を消したという。

 暫くして、近くの山中に潜んでいた盗賊の一団が捕らえられ、精霊様がこの地を救ってくれたという話が広まり始めた。

 アレンは平原に毎日のように向かったが、師匠の姿は確認できなかった。そして、後をつけてきた者達に見つかり、平原に向かうのを止めた。広場で行われる鍛錬に参加し始めたが、アレンの相手になる子供はおらず、仕方なしに剣術の指導をするようになった。


「アレン」


 鍛錬を終えて帰る途中で声をかけられてアレンは表情を輝かせた。

 声の方を振り返るとローブに身を包んだ人影があった。

 師匠と呼ぼうとしたが、アレンが口を開くより先に、アベルが「精霊様っ!」と駆け寄っていく。


「俺、アレンの弟のアベルって言いますっ!」

「知ってる。人一倍鍛錬を頑張っているようだな。流石、アレンの弟だな」


 褒められたアベルは満足げに笑う。アレンは少し面白くない気分で師匠と声をかけた。


「師匠から会いに来てくれるなんて、なにかあったんですか?」

「今度どこかに行くなら言っておけと言ったのはお前だろう」


 町役場で別れてから既に一年近く過ぎている。今更だなと思いつつも、意外と律儀な人だったんだなと知った。

 警備隊の仕事を終えて帰宅途中のランドが合流し、師匠を急遽夕食に招くことになった。


「突然邪魔してすまない」


 玄関でローブを脱いだ師匠の美貌に家族たちは揃って見惚れた。


「いいえっ!町を救っていただいた上に、アレンも随分お世話になっていたようで、御礼が出来て嬉しいです」


 ミールとユエルは突然の精霊様の来訪に驚いたが、最近は育ち盛りの息子達のために多目に食事を用意しているからと、すぐに一品おかずを作り足して夕食の席を整えた。

 アレンが自分と話をしに来てくれたと主張して師匠の前の席を確保すると、面識のあるミールが隣に座り、アレンの隣に両親が並ぶと、アベルはつまらなそうな顔でミールの隣に座った。


「精霊様!精霊様は名前はなんというんですか?」

「こら、アベル。すみません、弁えない子で」

「構わない。俺のことは好きに呼べばいい。ウィレンもアレンも俺を師匠と呼ぶが、貴方達にはそぐわないだろう」


 アレンは、祖父も師匠と呼んでいたと思わず、驚いた。結局、家族は精霊様といつもの呼称で呼ぶことに落ち着いた。


「家庭料理を食べるのは久しぶりだ」

「お口に合えばいいのですけど」

「うん、美味しいよ。ウィレンが良く俺の嫁は飯が美味いと言っていたのを思い出した」

「まぁ。そう思っていたなら、もっと帰ってくればよかったのに」


 ミールは嬉しそうに壁に掛けている剣を見つめた。

 夕食の席では、師匠がウィレンと過ごした師弟での冒険生活について語り、食事を終えるとテーブルには酒と茹でた豆が置かれた。アレンとアベルは酒が飲めないのでお茶を淹れ、ミールとユエルは席を外した。


「師匠。俺に話があったんじゃないの?」

「個人的な話をする雰囲気ではなかっただろう。折角もてなしてくれたのだから応えなければ失礼だ」

「そんなの気にしなくていいのに」

「大人になれば多少は社交というものを意識するようになるさ」


 夕食の時より少し姿勢を崩して酒のグラスを傾ける師匠を見つめながらアレンはお茶を啜った。


「あぁ、すみません、気を遣わせてしまって」

「いや。子供と話すだけでは酒は楽しめないからな。この地域のヴィンは格別だから、今のうちに飲めて良かった」


 頭を掻くランドに、師匠はグラスを掲げて笑みを浮かべた。地元で作られているものだから輸送費が掛かっていない分安価なのだと笑いながら、ランドは師匠のグラスに酒を注ぎ足した。


「師匠はお酒が好きなんですか?」

「美味しい飲み物だと思っているよ。一番は、ルコニ山脈の中腹の村で作っているヴィスクかな」

「そりゃまた希少で高価なものをお好みなんですね。この辺りにはまず流通していませんが、精霊様は各地を旅されているんですもんね」


 一度は飲んでみたいとランドが軽く笑うと、師匠は荷物から手のひら大の瓶を取り出してテーブルに置いた。

 二本目の酒を開けることが確定したところで、師匠はアレンに向き直った。


「それで本題だが、無事アレンも剣を顕現させられたようだし、また旅に出ようと思ってるんだ」

「どこに向かうんですか?」

「コールドレイクという北の果てで異常気象が確認されているらしくてな。ソレイユ連合から調査依頼の打診があった」

「そんなところまで行くんですか?」


 ソレイユ連合は、北東諸国十カ国からなる世界的にも大きな規模の同盟体制だ。その一帯へ向かうのならば、列車や船を乗り継いで一ヶ月はかかる遠い場所だった。


「あぁ。おそらく火龍が繁殖しているだろうから、いくらか狩ってくるつもりだ」

「火龍ってドラゴンですかっ⁉️そんなものとまで戦えるなんて、師匠は本当に凄いんですね」

「ウィレンも最初はビビっていたよ。けど、いつの間にか一人でも危なげなく狩れるようになって、剣豪とまで言われるようになっていた」


 師匠の話を聞きながら、アレンは続く言葉を期待していた。自分から言おうかと唇が動くが、声にしていいか躊躇う。

 そんな様子を察してか、師匠は目を細めて笑みをこぼした。


「厳しい旅になるかもしれないが、アレンも一緒に来るか?」

「行きたいですっ!」


 期待していた通りの言葉が出てくると即答した。

 師匠は笑いながら酒を飲み干して、用意されたふたつのグラスにヴィスクの水割りを作った。


「ぁ、……か、からかいました?」

「家族の承諾を得ないといけないだろう?行くにしてもお前はなにも準備してないから、すぐに移動出来ないしな」

「ん?あぁ、俺は別にいいと思うぞ。俺も昔は仲間と旅に出たもんだ」


 嫁を見つけて故郷に戻ってきたが、男なら一度は旅に出たいよな、と言ってランドは師匠とグラスを軽くぶつけあう。

 あまりに軽い承諾に驚き、本当にいいのかミールとユエルを振り返る。二人とも心得た表情で頷いた。


「血は争えないわね」

「そうですね。偶には帰ってきて、お嫁さんや子供の顔を見せて頂戴ね」


 冒険者の嫁である二人は、苦笑いするだけで止めなかった。


「俺も精霊様と旅に出たい!」


 耐えかねたように叫んだアベルに対しては家族全員が反対した。

 剣の顕現が遅かったアレンと違い、アベルは早くに剣を手にしていたため、同年代の女子から声をかけられることが多かった。多少のトラブルはあったが、恋人を選び、結婚を前提に家族ぐるみの付き合いも始めているところだ。

 今から、旅に出るなど相手が許さないだろう。


「準備は一週間もあればいいか?最低限必要なものは書き出してやるよ」


 アベルにずるいと言われながら、アレンは頷いて翌日から旅支度を始めた。

 コールドレイクでの対応が終わったら、一度アベルの結婚祝いに戻ってくると約束して、師匠とアレンの旅は始まった。







 初めて乗る列車に興奮していたアレンは、窓から見える景色が変わらなくなった頃合いで落ち着きを取り戻した。

 地図を広げて寄り道の予定を整理していた師匠の手元を覗き込む。


「そういえば、師匠」

「なんだ?」

「俺の剣を見た時、何か言ってましたよね?あれ、なんだったんですか?」


 師匠は時折アレンが知らない言葉を使う。どこかの地域で使われている言葉なのか、聞いても教えてはくれない。

 アレンの質問に師匠は小さく笑うだけだった。


「俺に対して言ったんじゃないんですか?」

「そうだな……」


 師匠は顔を上げて車窓の外に目を向けた。頬杖をつきながら、指先で耳飾りを弄る。

 至る所にいくつも付けられた宝飾品は『マジュツグ』と呼ばれるものだという。

 魔術を扱う者が魔術の補助に持つ道具だと精霊たちから教わったが、町に来る商人は首を傾げていたから一般的な道具ではないのだと理解している。


「またお前に出会えて嬉しかった」


 遠くを眺めて微笑んだ師匠の言葉は、自分にかけられているものとは思えなかった。

 だが、同時に胸の奥がじんわり温かくなるような気もした。


「はい。俺もまた師匠に会えて良かったです」


 アレンが満面の笑顔で言えば、師匠は目を見開いてきょとんとした顔をした。

 そして、噴き出して笑うと、優しい笑顔でアレンの頭を撫でまわした。



2023/07/01 加筆修正

本編が1話・2話で、最後の3話は後日談的な位置づけ。

とはいえ、3話がしっくり来てないところもあり一部修正しました。

アレンと師匠の旅は、この後、アレンが生涯を終えるまで続きます。

この作品自体は完結という形なっていますが、いずれまた書きたいなと思っております。

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