第2話
警鐘が鳴り響いていることに気づいてアレンが飛び起きるのと、部屋にランドが飛び込んでくるのは同時だった。
状況を確認するから警戒していろと言い残し、町の警備隊の一員であるランドは、家を出て行った。残された家族は居間に集まり、外から聞こえてくる破裂音や悲鳴に震えながら、身を寄せ合う。ミールは亡き夫の剣を抱きしめ、ユエルの肩を支えていた。アベルは細い剣身の剣を手に緊張している。アレンは腰に下げた剣の柄を握り、いざとなればこれで迎え撃つのだと心に決める。
「おらぁっ!皆殺しにしてやらぁ!」
乱暴に玄関の扉が蹴破られた。咄嗟にアレンは立ち上がり家族を背に構える。
「あぁ?なんだ、既製品かよ。剣も持ってねぇ半人前がぁっ!」
醜い笑みを浮かべながら襲いかかってくる盗賊の懐に滑り込み、腹を切りつける。
相手が殺しに来ているのなら怯んではいけない。そう教わったが、実際に血飛沫が上がると息を呑んでしまう。
背中で母の悲鳴を聞いて、アレンは俺が守らなきゃと気を引き締め、仲間の仇を討とうと向かってくる男に歯を食いしばった。気合を入れて剣を振ると、襲撃者の剣とぶつかった。
「ガキがぁっ!」
「っ、うあぁっ!」
剣の重みを感じて、押し返しきれずにアレンはバランスを崩した。剣が手を離れていく。
「なまくらかよっ!死んどけっ!」
襲撃者に言われて剣を振り返ると無惨に折れていた。アレンが絶望を感じている間に、叫び声と共にアベルが襲撃者へと突進した。襲撃者はアレンを蹴飛ばし、アベルへと注意を向けた。だが、アベルの剣筋は粗末なもので無慈悲に弾き飛ばされた。
剣が無いと戦えないのに、と強い焦りを感じる。何故、自分は剣を持っていないのか。剣豪として名を馳せた祖父に憧れ、警備隊で活躍する父を尊敬し、自分にも剣が宿ると信じて幼い頃から鍛錬してきた。だが、周りの子供たちが次々と魔力や武具を顕現させる中、今日に至るまでアレンには予兆すらない。剣が欲しい。家族を守る剣が欲しい。アベルに振り下ろされようとしている剣より強い剣が必要だ。
「ぁ、」
皆の悲鳴と目の前の光景を前に、頭の中は真っ白になり、同時に胸から身体中に熱が広がる感覚に襲われた。身体中を焼き尽くす様な熱さに、このままではいけないと声を上げて熱を放出しようとする。一瞬のことがとても長い時間に感じた。我に返ったアレンは、自分の手にずっしりとした剣が握られていることに気づいて、肩で息をしながら瞬きした。
「おい、無事かっ⁉︎」
玄関から声がして振り返ると、血相を変えたランドがいた。血で汚れた室内に驚きながら、やがて表情を安堵に変える。
「アレン……そうか、お前が守ってくれたか」
「俺が、……」
父に抱きしめられて、アレンは脱力感に襲われた。剣を床について体を支えると、背中をアベルが支えてくれた。
襲撃者たちは警備隊に連れて行かれ、残党が残っていないことを確認できるまで、町役場に避難するように指示を受けた。
アレンはアベルと共に剣を手に周囲を警戒しながら、近所の人も連れて町役場へと移動した。アレンの剣を見た町人たちは、ついに顕現したのかと祝福してくれた。恐怖を忘れるのに、丁度いい話題になっている様子を見て、アレンは笑顔で応えるように努めた。
「ぁ、師匠っ!」
町役場に日差しが差し込み始めた頃に、ふらりと入ってきたローブ姿を見て、アレンは家族のもとから立ち上がった。
「アレン。無事だったか」
「はい!俺、剣を顕現出来たんですよ!」
一度体の中に収めた剣を再び顕現して見せると、師匠は目を見開いた。顕現させた直後は、本来小さく軟弱な状態だが、アレンの剣は顕現したばかりにも関わらず、祖父の剣にも匹敵する立派な剣だった。成果を褒めて欲しくて、どうですかと目の前に突き出してみせる。
ローブの下から顔を覗かせて剣を凝視した師匠は小さく唇を動かした。アレンには聞き取りにくい言葉が発せられて、首を傾げた。
「なんて言いました?」
「なんでもない。アレン、すまないが、今はあちらが優先だ」
アレンの頭を軽く撫でると、師匠は怪我人たちの方へと歩き出した。怪我人の治療をしていた医者が、訝しげに「貴方も医者か」と問いかける。師匠は首を振ると、ローブを脱がないまま、怪我人たちの方へと手のひらを出した。
師匠の聞きなれない詠唱と共に、怪我人たちの怪我が治っていった。存在しないとされる治癒の魔術を前に、町人たちは驚愕の声を上げた。
「ま、まさか、精霊様っ⁉︎」
「なんということだ!お目にかかれる日が来ようとは」
「主人を助けてくださり、有難うございますっ」
師匠は、崇める様に両手を合わせて跪く町人たちに見向きもせず、ローブのフードを押さえて早足で出入り口へと向かう。惜しむ声に一度だけ足を止めて振り返った。
「盗賊の残党を仕留めに行く。暇なら、この後の復興の計画でも立てておけ。戦える者は、この場の防衛に努めろ」
呆れた様に言い残すと今度こそ町役場を出て行った。
確かにその通りだと町人たちは大人しくなり、これからどうしようかと各々話し合いを始める。
「なぁ、アレン。お前の師匠って精霊様だったのか?」
「そんな立派な剣見たことないぞ。精霊様の鍛錬の賜物だったのか」
大人達が真剣に話し合う中、子供達はアレンの元へ集まってくる。アレンは見世物になりかけている自分の剣を手のひらから体に収めて隠した。
「精霊様に鍛えてもらっているなんて、なんで教えてくれなかったんだよっ!」
ずるいと睨んでくるアベルや子供達に、アレンは師匠に口止めされていたのだと視線を逸らす。
精霊様はどんな人か、自分も鍛えて欲しいと口々に言われて逃げ出したいが、警備隊の許可なく町役場を出るわけにはいかない。どうしようと困っていると、落ち着いてとミールがアレンの前に出た。その片腕には夫の剣を抱えられたままだった。
「旅の剣士をしていた私の夫ウィレンを精霊様が看取り、この剣を届けてくれた話を知っている人もいるでしょう」
町役場の中には知らない者がほとんどだったが、近所の人の中には、そういえばと思い出す者もいた。
「私が会ったのはその時以来だけれど、遠い西の地方から、ウィレンの最期の願いを叶える為に、わざわざここまで連れ帰ってくれたの。そんな優しい人だから、ウィレンの孫であり、剣を顕現出来ないまま剣士を志し続けるアレンを捨ておけなかったのでしょう」
ウィレンは放浪癖があり、家には中々戻らなかったが、剣豪として名を馳せた剣士だった。
ミールの言葉に町人たちは納得を示し始めるが、アレンの隣でアベルは納得できないというように口を尖らせていた。