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第1話


 アレン・トーマは森を走っていた。

 後ろの方で聞こえる声が徐々に小さくなっていく。鼻水を啜って、涙を堪えながら、無我夢中で走る。森を抜けて平原へと出る。平原の中央には1本の大木が立っていた。


「師匠!」


 アレンは大木の幹に抱きつき叫んだ。鼻を啜りながら反応を待つと、ふわりと風を感じて顔を上げた。半透明に透き通った少女フレイが宙に浮いている。


「マスターはお昼寝中だよ」

「嘘だっ!師匠が襲撃に気づかない訳ないだろっ!」


 襲撃という言葉に、フレイは呆れたようにため息をついて木の根元に座った。と言っても、実体がある訳ではないので、座ったように見せているだけで体はふわふわと浮いたままだ。


「今日は何の用?」

「剣の稽古。昨日も一昨日も、師匠、ずっといなかっただろ」

「マスターは暇じゃないんだよ」


 フレイに構わず、アレンは木の枝に座って眠っている姿を見つけると、師匠と繰り返し呼びかけた。呼び続けると、ひょっこりと小さな男の子ノアが顔を出した。子どもらしい小さな手の平をアレンに向けると、勢いよく水を浴びせた。


「うわっ!なにするんだよっ!ノア!」

「いい加減、これくらい避けろよな」


 ケラケラと笑って姿が消える。木の根元にいたはずのフレイも、気づけば木の枝の上に座って、くすくすと笑っていた。むぅっと頬を膨らませていると、「しょうがないわねぇ」とのんびりとした声と共に美しい女性フュリーゼがアレンの横に現れる。暖かい風に包まれて、濡れた体は全身あっという間に乾いた。


「ありがとう、フュリーゼ」

「どういたしまして。ご主人様は連日のお仕事でお疲れなのです。シュラフの眠りの中におりますので、明日までお休みになられると思いますよ」


 母のように優しい笑みで告げたフュリーゼだが、アレンはそれでも納得しない。


「フレイはそう言ってなかった。最初に言わなかったってことは嘘だよね」

「残念ながら本当だよ。今日は休んだ方がいいと思って、今さっき眠らせたんだ」


 いつの間にか後ろに立っていた眠たげな青年シュラフに頭を撫でられる。撫でられる感触は残念ながらなく、シュラフもフレイが座ったように真似事をしているだけだ。アレンは、ちぇっと拗ねて木の根元に座り込んだ。もう一度顔を上げると、フレイたちは姿を消していた。


「稽古して欲しかったのに」


 ぼやいてももう誰も出てきてはくれない。話し相手にもなってくれないかと諦めて、アレンは家に帰ることにした。

 「ただいま」と声をかければ、夕食の支度をする祖母ミールと母ユエルが台所から「おかえり」と返してくれる。バタバタと足音が聞こえてきて、1つ下の弟アベルが駆けてきた。


「アレンッ!剣の稽古しようぜ!」

「広場に行けば相手なんていくらでもいるだろ」

「だって、俺の剣はまだ脆いんだよ。もっと鍛えないと広場の稽古に参加できないよ」


 知ってるだろ、というアベルにアレンは悔しさで拳を握った。


「俺には剣だってない……」

「俺が剣を宿すまでは稽古に付き合ってくれたじゃないか。腰に下げてる剣でも、アレンは十分強いんだから、付き合ってくれよ」


 アレンはアベルの胸を拳で押し退けて自分の部屋に駆け込んだ。

 魔術の才能がある者が、己の属性にあった魔術を発動出来るように、武術の才能がある者は体内に宿った武具を顕現させることが出来る。十五歳の成人を迎える頃にはその前兆があると言われているが、十五歳になった今もアレンは体の内に何の気配も感じられていなかった。

 一方で、弟のアベルは十四歳を迎える少し前に体調不良を訴え、数日のうちにナイフほどのサイズの剣を顕現させた。体に宿った武具は、心身の成長と共に意のままに顕現させることが出来るようになるため、アベルは日々鍛錬に励んでいる。


「おーい、アレン。夕飯だぞ」


 ドンドンと荒っぽくドアを叩くのは父ランドだった。

 もう帰ってくる時間かと思いながらベッドを降りた。家族で食卓を囲み、夕飯を食べ始めると、アベルが今日の剣の具合を嬉々として語る。アレンには退屈で仕方がない時間だ。


「そういえば、父さん。最近、どこかで魔物が出たりしたの?」

「ん?いや。街道沿いに盗賊が潜んでたくらいだ。今朝、精霊様が詰所に連行してくれて解決した」


 精霊様というのは、アレンが師匠と呼ぶ人のこと。

 長老曰く、自分が生まれた時から髪の長さ以外になにが変わることも無く、積極的に人と交流する訳では無いが、悪人や魔物が付近に現れると必ず駆けつけて町を救ってくれる。この町だけではなく、国中、大陸中に師匠の噂は広がっているのだと、行商人もよく語り聞かせてくれる。

 時代により拠点を変えているようで、この町に戻ってきたのはここ数年のこと。また、いつ拠点を変えるかわからないが、おかげで町は比較的豊かに平和を保っている。


「俺も精霊様に会ってみたいな」

「俺も会ったことはないな。今回の件も、詰所の前に拘束した連中を転がしただけで、誰も姿をみてないっていうんだから、精霊様ってのは人見知りなのかねぇ」


 アレンはボロを出す前にと夕食を口に押し込むと、すぐに部屋に戻り、剣の素振りをして明日の稽古に備える。

 アレンが師匠に稽古をつけてもらえるようになったのは、偶然、アレンの秘密の鍛錬場と師匠の拠点が一致したことが始まりだった。剣士になりたいのに、剣が顕現しないことを相談すると、剣の稽古に付き合ってくれた。師匠の精霊や使い魔を交えて、実践的な戦い方も教えてもらったおかげで、剣術だけならば町の大人たちとも対等に戦える。だが、魔力か武具が宿らなければ一人前とは認められない。同年代からは才能が無いのに無駄な努力をしていると揶揄されるばかりだ。





 

「師匠!」

「今日は早いな」


 大木の根元に座った師匠は朝食中だった。食べている後ろでは、フュリーゼが師匠の長すぎる髪を丁寧に結っている。実体はないが、主人である師匠には触れることが出来るそうで、身の回りの世話はいつも精霊たちがおこなっていた。


「師匠、盗賊を退治してくれたんだって?父さんがお礼を言ってたよ」

「そうか。それはよかった。身支度を終えたら稽古つけてやるから準備しておけ」

「はい!」


 アレンは寝起きに既に済ませた柔軟を入念に始めた。柔軟を一通り済ませても、まだ朝食の片付けをしていたので、腕立てや木の枝を使った懸垂をして時間を潰す。


「アレン、始めるぞ」


 準備を終えた師匠は、手のひらに現れた剣の柄を握って、剣を顕現させた。

 ガラスの様に透き通った剣身の美しさに、アレンはいつも羨望の目を向ける。早く自分の剣が欲しいと思いながら、腰の鞘から剣を抜いた。

 数時間に及ぶ稽古の後、師匠から昼食の誘いを受けて、アレンは即答した。昼食は鳥肉と山菜を炒めたシンプルなものだが、家で食べる食事より不思議と美味しい。


「師匠、今度どこか行く時には事前に教えてください」

「別にいつどこに行くと決めている訳じゃない」


 師匠は稽古をつけてくれたり料理を食べさせてくれるが、動向に干渉したり、過去を尋ねられることを嫌う。盗賊などの罪人には対応するが、同年代で揶揄する程度のことは子供の小競り合いと取り合わない。稽古の御礼に家へ招待すると言っても、居場所や稽古をつけていることが知れると面倒だから黙っていろと言われて終わる。


「ねぇ、師匠。俺、剣士になるのは諦めた方がいいんでしょうか」

「それはお前が決めることだ。ただ、諦めるつもりならここに来ていないだろう」

「はい。諦めません」


 淡々とした受け答えをする師匠だが、会話する度にアレンは剣士の夢を追い続けようという思いを強くする。



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