第四十八話 やっぱり
「ただいま」
ミネルヴァは玄関を開けて中に入った。
「おかえりなさい!」
居間からイザベルが飛び出してきて、ダグとフィオレもおかえりなさいと言いながら出てきた。
「皇帝陛下にはちゃんとご挨拶できた? お話できた? お土産は渡せたの?」
両手を突き出したり引っ込めたりしながら矢継ぎ早に聞くママを、
「うん、ちゃんとできたわ。落ち着いて、ママ」
ミネルヴァは片手を振ってなだめた。
「ああ、よかった」
イザベルは胸をなでおろした。
そのまま、落ち着いていてね。
ミネルヴァはハラハラしながら願って、ダンディアスとその隣に立つレブナンを見た。
イザベルもダンディアスに気づいて、
「ああ、ダンさんもおかえりなさい。あら、隣の方は?」
レブナンにも気づいた。
微笑を浮かべた顔を見つめる。
銀髪に緑の瞳だけど。
ダンさんに似てるわね。まさか……
予感に震えだした時、ダンディアスが言った。
「俺の弟だ」
「弟!?」
と、いうことは。
もう一度、姿を確かめる。
見た目は細身。服装は白いレースアップシャツに濃紺のズボンにブーツと、どこにでもいるようなのに。
どこにもいないように見えてきた。
顔が強張っていくイサベルと目があったレブナンは、
「弟のレブナンと申します」
胸に片手を当てて微笑んだ。
「はい、あの、ミネルヴァの母のイザベルで、ございます」
ほとんど無意識に、かしこまって挨拶したイザベル。
隣にダクが進み出た。
「ああ、レブナン様まで来られるとは思いませんでした。鍛冶屋のダクでございます」
「ダク、久しぶりだ。結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
レブナンの笑顔の前にダクはうやうやしく礼をして、
「こちらが、私の結婚相手のフィオレでございます」
肩を抱くように手を添えて紹介した。
「フ、フィオレでございます」
レブナンに見つめられるなか、フィオレは急いで深くお辞儀した。
「フィオレ、結婚おめでとう」
「ありがとうございます……」
恐る恐る上体を戻してレブナンの顔を見つつ、
「あの、皇帝陛下なのですね?」
目の前にいるなど信じられずに聞いていた。
「ええ」
レブナンが笑顔でうなずくと、
「やっぱり」
呟いたイザベルがへなへなと腰を抜かした。
「あっ、ママ!」
駆け寄るミネルヴァに、
「ミネルヴァ、急に連れてくるなんて驚くじゃない」
か細く抗議するイザベル。
「ごめんね、お菓子を食べることになった時、お城の綺麗なケーキをママにも見せてあげたいですって言ったら、皇帝陛下がみんなで食べましょうと言ってくださったの。それで、ママをお城に呼ぶと気絶してしまうかもしれないから家に来ていただいたの」
ミネルヴァは振り返ってレブナンを見た。
うん、レブナン様はこの家で見るとさらにキラキラ。
隣のダンディアス様も。二人並んでるとなおさら。
ママのほうに向き直ると少し声をひそめる。
「来ていただく前に家に帰ってママに知らせてお掃除や準備したかったんだけど、お待たせするのも悪いし、ダンディアス様が準備などいいではないかと言うし、レブナン様もそう気を使うことはありませんと言ったから……」
「そうだったのね、私にケーキを見せるためにわざわざ――」
感激に泣きそうになってきたイザベルに、
「こんなに驚かせてしまうとは思いませんでした。大丈夫ですか?」
レブナンが跪いて手を差し伸べた。
「あぁ、陛下。いけませんわ……こんな私めに膝をつくなんて……」
こんな私めに、皇帝陛下が膝をついて助けてくれるなんて。
若い頃に憧れた、先々代皇帝陛下の姿と重なってしまう!
こんな気持ち抱いても無駄だと、二度と皇帝陛下の顔は見ないと決めていたのに。
でももういい、このまま死んでもいいかも。
イザベルは半分意識を失いながら、レブナンの手をとっていた。
その光景を見ながらフィオレは、
「素敵ぃ」
胸を高鳴らせながら呟いた。
「へ!?」
ダグが異変に気づき、
「フィオレ? フィオレ?」
何度か視界に入ろうとしてみたが、今のフィオレには見えなかった。
けれど、心の中にはしっかりダクがいた。
ダクさんに先に会ってなかったら、きっとレブナン様を好きになってた。
ダンディアス様はミネルヴァと、なら、レブナン様とは私が――
なんてことになってたかも?
ぽけーっと空想していると、イザベルを助け起こしたレブナンと目があった。
「あっ、陛下」
思わず声をかけると、レブナンは微笑んだ。
「フィオレも一緒にケーキを食べましょう」
「はいっ、ありがとうございます。それからあの、ドレスのことも、ありがとうございます!」
すがるようなフィオレにレブナンは、
「ドレスの絵、美しかった。あれをそのまま再現できるように、よい職人に頼んでおきます」
「あぁ……」
フィオレはもう感動で言葉が出せなかった。
なんて、素敵な人!
完璧な皇帝陛下!
心の中で彼に向けて両手を伸ばしていると、
「完成したドレスを着てダクと結婚式を挙げ、幸せになってください」
「は、いっ……」
レブナンの屈託なくにっこりした顔を見て、完全に恋の終わりを自覚した。
やっぱり、そうよね。
すぐに冷静さを取り戻したけれど、ちょっとしんみりしそうになった時、
「ありがとうございます、レブナン様」
絶妙のタイミングでダクが肩を抱いた。
この安心感。
やっぱり、ダクさんを好きになっていてよかった!
フィオレとダグは笑顔を交わした。
ダンディアス様の次はレブナン様かと焦ったが。
また、すぐに取り戻せてよかった。
ダクは嬉しさに涙しそうになりながら。
お互い、ほっとしあっていた。
レブナンが巻き起こす事態を見ていたダンディアスは、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
やっぱり、レブナンはやってくれたか。
まぁ、仕方ない。
納得してみたものの仏頂面になっていくなか、視線は無意識にミネルヴァの様子を確かめていた。
ミネルヴァはレブナンに魅了されていなかった。
視線にすぐに気づいて笑顔をみせた。
自然と笑顔を返す。
それだけで、レブナンのことは気にならなくなっていく。
ミネルヴァはダンディアスの笑顔に誘われてそばに戻った。
並んだ二人はもはや微笑ましくなりゆきを見守っていたが、レブナンはまだ焦っていて。
皆をこんなに動揺させるとは思わなかった。
どうにか落ち着いてもらわねばと考えて、兄の言っていたことを思い出した。
「みなさん、私のことは皇帝ではなく兄上の弟と思って、かしこまらずに接してください」
「ダンディアス様の……」
一同の視線が彼に注がれる。
イザベルが難しい顔をした。
「でも、元はといえばダンディアス様も皇帝陛下だった方ですわ。その方の弟様と思っても、かしこまらずにはいられませんわよ」
「俺はもう皇帝ではなく森の住人だ。その弟と思って接してやってくれ」
「いつものように」
ダンディアスの頼みにミネルヴァが言いそえた。
「いつものようにね、やってみるわ」
「私達も」
「はい」
フィオレとダグが続いてうなずいた。
「じゃあ、ケーキをいただきましょう!」
ミネルヴァは場をとりなすために明るく言った。
「そうね」
イザベルがさっそく笑顔を取り戻した。
「せっかくですものいただきましょうか。長い間、立たせたままでごめんなさいね。居間へどうぞ、レブ、さんと呼んだほうがいいかしら?」
「レブさん?」
レブナンは少し間をおいて、理解した。
「ああ、先程兄上をダンさんと呼んでいたから、そこも同じにしてくれるのですね。兄上、ここではダンと名乗っているのですか」
「ああ。とっさにな。だが、結構気に入っている名だ」
「では、私もレブと呼んでください」
「それじゃあ、レブさん。みなさんも居間にどうぞ」
持ち前の態度を取り戻したイザベルに、ミネルヴァはハラハラさせられていた。
レブさんなんて、ママったら。
でも、その呼び方のほうが場に上手く溶け込めそうだし、レブナン様も嬉しそうだし。
ママを見る目を尊敬に変えて後について行った。




