第三十八話 恩返しの品
二人は皇帝の寝室に入り、ダンディアスが壁にある剣を取った。
「これだ。ダグの持たせてくれた剣もいいが、これを持つと落ち着く」
掲げて見てから腰に携える。
「落ち着きますか?」
剣を持って落ち着くとは?
理解できないレブナンは、兄の笑みにヒヤッとしたものを感じながら聞いた。
「持っていると守られているというか、敵を倒せる気がするというか。安心するということだ」
ダンディアスは弟の焦りに気づいて笑いながら教えてやった。
「そういうことですか」
レブナンも安心してうなずいた。
ダンディアスはそんな弟から、寝室内に目を移した。
「俺がいなくなった時のままだな。ここは皇帝の寝室だぞ、使わないのか?」
「兄上の剣も置いてありましたので……」
自分の部屋という気はまるでしなかった。
しかし、
「そうか、だが、もう剣はこうして取った。これからは使えるのではないか?」
「はい」
兄の笑顔に、素直に応えることができた。
レブナンも寝室内を見て言った。
「私が移る前に、ここや他の部屋にある物で必要な物を教えてください。新しい家に運ばせましょう」
「新しい家? 俺が森に家を建てることを誰かから聞いたのか?」
「はい。ダグが城に来て教えてくれました」
「そうだったか」
口止めを忘れていたな。
ダンディアスはわずかに苦笑いした。
「当日には良い職人を手配しました。今頃は、家を建てる場所で仕事に着手していることでしょう」
嫌な予感が当たった。
にっこり微笑むレブナンを、ダンディアスは苦笑いを深めた顔で見た。
「ありがとう。しかし、家は俺の金で建てる。そのためにも、兵としての任務をこなしていくつもりなのだからな」
断固とした表情と口調から兄の決意が伝わってきて、レブナンは了承するしかなかった。
「わかりました」
「うむ……」
ダンディアスは素直なレブナンに背を向けると考えた。
レブナンの手配した良い職人だと高くつくかもかもしれない。
しかし、そのことを口にするとレブナンが己のした事を気にするかもしれない。
ここは、黙って気遣いを受けておこう。
金はひたすら任務をこなして手に入れればいい。
そう決めたダンディアスは、別のことを口にした。
「俺が建てるのは民が住んでいるのと同じ家だ。ここにある物は似つかわしくない。全てこのままにしておこう」
全ての家具が豪奢でなにより大きい気がした。
「このベッドだけでも、寝室がいっぱいになってしまうだろうからな」
「……そんなに狭い家に暮らすのですか? 不便ではありませんか?」
レブナンは想像もできずに、心配だけがつのった顔を兄に向けた。
「不便ではないぞ。反対に――」
ダンディアスはレブナンを連れて寝室を出ると、廊下を歩き出した。
「長い廊下を歩かずに済むからな、便利である」
「ふふ」
長い廊下だと思っていたレブナンはうなずいた。
ダンディアスは寝室の隣の部屋を開けた。
重厚な机と椅子を囲むようにある本の詰まった本棚を、ゆっくりと眺めていった。
「ここにある書物の何冊かは新しい家に移したい。城から出していい物ならばだが」
ダンディアスは読みかけの本の一冊を手にした。
「ほとんどが攻撃魔法や武器の本だからな、持ち出すのは危険か……本棚に結界を張ればいいか」
悩む兄にレブナンは微笑んだ。
「もし、持ち出せなければいつでも読みに来てください」
「ああ、そうしよう。必要な物はこれくらいだ。後は、お前の好きにしてくれ」
「はい」
「では、今日は帰るとしよう」
「お送りいたします」
レブナンはダンディアスの隣をついて廊下を歩きながら、気になることを思い出した。
「兄上、ミネルヴァへ贈る品のことですが」
「うん?」
レブナンは眉を寄せると、多少思い切って告白した。
「次に兄上が来られるまでには用意しておきたいですが、私は、あの、女性になにか贈ったことがないので、なにを贈ればいいかわかりません」
「ん……!」
正直なレブナンを前に、ダンディアスも正直に告白することにした。
「俺もだ」
「兄上も……」
レブナンはほっとして、天井に視線を向けて首をひねった。
「なにが良いのでしょう? 装飾品でしょうか?」
「そうだな――」
ダンディアスは腕を組んで考え、あることを思い出した。
「ダグが、結婚相手に手製の髪飾りを贈っていたな」
「髪飾りですか。ミネルヴァも、それで良いでしょうか?」
「そうだな、長く美しい黒髪をしている。髪飾りなら喜ぶかもな」
ダンディアスは綺麗な髪だと思わず褒めた時のミネルヴァを思い出して、また笑みをこぼした。
「では、黒髪に似合う髪飾りを用意しましょう」
贈り物が決まって喜ぶレブナン。
それを見たダンディアスは一息ついたものの、浮かない顔で眉を寄せた。
「俺はなにを贈るべきか……? 今まで、感謝や褒美の品といえば金か武器魔道具だったのだが」
受け取ってきた相手は家臣と兵士達。
それを察したレブナンは断言した。
「絶対に、違うと思います」
「そう、だろうな」
金や武器ではミネルヴァは喜ばない。
ダンディアスもそう確信して、浮かない顔のまま中庭に面する廊下から空を見上げた。
視線を下ろすと庭が目に入った。
「そうだ、この庭を見せてやりたい」
「庭を――」
レブナンも立ち止まると庭を見回した。
今日も芝生は青々として太陽光を受けて輝き、花壇の美しい草花は微風に揺れている。
「ミネルヴァはベリーでジャムや菓子を作っているのだが、庭ではベリーの木の他に森で見つけた花も集めて愛でているのだ。この庭の花を見せてやれば喜ぶだろう」
庭を見るダンディアスの穏やかな微笑みを、レブナンはじっと見ていた。
こんな優しい兄上を見ることができるとは思わなかった。
いつかこうして、兄上にも庭を楽しんでほしかったのだ。
ミネルヴァへの感謝の念がまた湧いてきて、レブナンは微笑んだ。
そんな弟に気づかず、ダンディアスは遠目に見える木々を眺めて言った。
「俺が植えさせたベリーの木もある。ベリーは場所によって味が違うのだぞ。森のベリーを持って来てやるからレブナンも食べ比べてみるといい」
レブナンは楽しそうな兄に嬉しくなり、笑いをこぼした。
「ふふ、そうなのですね。楽しみにしています。ぜひ、ミネルヴァをお連れください。美味しい菓子も用意しておきましょう」
「ありがとう」
レブナンに笑顔を向けたダンディアスだったが、彼の足元近くからこちらを見ている小鳥に気づいた。
「ん? その鳥は、さっきからずっといるな。こいつがゾルかグレスの使い魔か?」
レブナンも視線を向けるなかダンディアスに笑いかけられた小鳥は、とぼけたように首をかしげてみせた。
「心配するな。俺の恩人への恩返しの話をしているだけだ」
「ピピ」
「わかったか? ああ、訂正する。もう恩人ではなく森で共に暮らす仲間への恩返しの話だ」
「ピピ」
訂正にも律儀に返事をする小鳥にダンディアスは笑った。
「あの二人とは違い、可愛げのある使い魔だ」
本当に使い魔だろうか。ただの小鳥では?
少し疑いながらも、兄と小鳥という微笑ましい光景にレブナンは微笑み、
「恩人ではなく、森で共に暮らす仲間ですか?」
そこに引っかかって尋ねた。
「これからずっと、森で暮らすのですか?」
レブナンの神妙な様子に応えて、ダンディアスはしばし考える。
好敵手ユグドラシル帝国の皇帝クロノイドの姿が浮かんできた。
――先の事はわからないが、今しばらくは。
「そのつもりだが」
「では――」
ミネルヴァともしや?
そんな気がして、レブナンは聞いてみることにした。
「結婚相手も、民の中から選ぶのですか?」
結婚相手!?
急なことを……
ダンディアスは弟の探るような、好奇心に満ちて輝いているような瞳を見つめた。
結婚相手とは、話しの流れからしてミネルヴァのことを言っているのだろうか?
そうだとして下手に返答して反対されたら。
回りくどいが、こちらも探りを入れておこう。
「そのつもりだが、反対か?」
やっぱりと言うように、レブナンの瞳が見開かれた。
それから、安堵したように瞼が伏せられていく。
ミネルヴァの名を出されるかと思ったが。
まだ、どんな者かよくわからないうちに承諾せずに済んでよかった。
しかし、兄上を助けてくれた人ではあるし、ミネルヴァのことを話す兄上の態度を見た感じ悪い人ではないだろう。
そう思えたレブナンは安心して答えた。
「いいえ。反対いたしません。兄上の決めた方なら弟としても皇帝としても歓迎いたします」
「ありがとう」
弟の温かい言葉にダンディアスはほっとした。
これで、安心して森に帰ることができると。




