表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/108

第二話 ミネルヴァと皇帝陛下

 ミネルヴァは惹きつけられて、皇帝陛下の姿を見つめた。


 サラサラと首まで流れた金色の髪、ミネルヴァの目に焼きついていた凛々しい顔、切れ長の目元の金青(こんじょう)色の瞳が輝いている。

 見るからに強そうな体には、前立ての開いた白いシャツと黒いズボンを身に着け、赤いサッシュベルトを締めている。裸足。部屋にいる時に石像にされてしまったようだ。


 改めて気の毒な思いになったミネルヴァを、皇帝の瞳がとらえた。


「お前は?」


 警戒心を漂わせる低い声だった。


「わ、私は」


 慌てて皇帝の瞳を見たミネルヴァは、鋭い視線にたじろいだ。


 皇帝が立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

 身長も高く体格もよく、恐く感じるほどだった。

 ミネルヴァは思わず半歩後ずさった。


「そう怖がるな。なにもしない」


 皇帝は鋭い顔つきのままだが声は穏やかで、ミネルヴァは安心してうなずいた。


 距離はわずかになり、ふたりはしばし見つめ合った。


 ミネルヴァは背が低い方ではないが、それでも顔を上げなければ視線を合わせられなかった。


 皇帝陛下がこんなに近くにいるなんて。

 息遣いが聞こえ、体温まで伝わってきそうな距離。

 ミネルヴァは信じられない思いにまた意識を奪われそうで、少しぼうっとしてしまった。


 その時、頭の中にサリアの声が響いた。


 “言い忘れてたけど、皇帝陛下に私のことを話したらダメよ!”


 脳内に直接!? テレパシー?


 ミネルヴァは突然頭に響いた声の衝撃に、顔を歪めて片手で頭をおさえた。


 皇帝の目が少し見開かれた。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません」


 ミネルヴァはそっと手をおろし、落ち着きを取り戻した。


 辺りに視線を向けたが、サリアはいない。

 つられたように、皇帝も辺りに視線を向けた。


「ここはどこだ?」


 皇帝は腕を組んで眉を寄せた。

 落ち着いているが、状況が分からず少し気が立っているようだ。


「ここは、帝都の近くの森の中です」


 ミネルヴァは落ち着いたままでいてもらいたくて、刺激しないよう穏やかにゆっくり答えた。


 皇帝の顔がまたミネルヴァに向けられた。


「お前は?」

「私は」


 ミネルヴァは赤い頭巾を取り、頬にかかり背中に流れる髪を軽く撫でて整え、エプロンワンピースの裾を引っ張って素早く身繕いした。


 そうして、膝まづこうとしたところ、皇帝が片手で制した。


「そのままでいい」

「――はい。皇帝陛下。私は、ミネルヴァと申します。あの、森に住んでいます」


 まさか皇帝陛下にご挨拶する日がくるとは思っていなかったので、ミネルヴァはしどろもどろに答えた。


 顔が緊張と恥ずかしさに赤くなっていくのを感じる。


 けれど、皇帝は気にした風もなくうなずいた。


「ミネルヴァ。俺がなぜここにいるかわかるか?」

「はい」


 皇帝の表情が険しくなった。


「話せ」


 表情も態度も口調も、サリアの命令とは違い、皇帝の命令には(あらが)えない強制力を感じた。


「はい。あの……」


 サリアさんのことは話せないけど、見聞きしたことは正直に教えたかった。


「皇帝陛下は、魔女に拐われて石像にされていたのです」

「魔女に拐われて……思い出した」


 皇帝は顔を上げ遠くを見つめた。


「確かに、俺は……寝室のバルコニーに現れた魔女に魔法をかけられ、意識を失った……」


 意識を失った。それなら。


「石像にされていた間の記憶は、ないのですね?」

「ああ、ない」


 なら、皇帝陛下が冷酷とか、行方不明になって国民がよかったと思っているとか、優しい弟のレブナン様に皇帝になってほしがってるとか、皇帝陛下が傷つくような話はなにも聞こえていなかったのね。


 ミネルヴァがほっとしていると、


「石像にされていたか。油断したな」


 皇帝は腕を組んだまま、目を閉じて顔をうつむかせた。


 かける言葉が見つからず、ミネルヴァはただ見守るしかなかった。


「……今は、そんなことを気にしている場合ではないな」


 皇帝は目を開けると、ミネルヴァを見つめた。


「お前が救ってくれたのか? どうやって?」

「あの、その……色々な幸運が重なって」


 ジャムとケーキと交換で助けました。


 さすがに言うのをためらった。

 ミネルヴァのうつむき加減で恐縮する態度に。

 皇帝は一瞬片眉を上げたが、肩の力を抜いた。


「お前を見た感じ、どうもそのようだな」


 納得してくれてミネルヴァはほっとした。


 皇帝陛下を石像にした魔女が偶然お得意様で、偶然魔女の大好きな商品を持っていて、商品と交換に皇帝陛下を助けることができたのだから、幸運が重なったと言って間違いないとも思えた。


 皇帝陛下を助けることができてよかった。


 ミネルヴァはそのことを実感して微笑んだ。

 微笑みを見た皇帝の表情もやわらいだ。


「幸運だろうと助けられたのは事実だ。礼を言うぞ」


 ミネルヴァは嬉しく思いつつ、お辞儀した。


「さて、帰らねば。城まで案内を頼めるか?」

「はいっ」


 ミネルヴァは頭巾を被り直した。


「こちらです」


 道を歩きだした時、ミネルヴァは皇帝が裸足なのにまた気づいた。


「皇帝陛下、靴をどうにかしましょうか?」


 ミネルヴァは慌てたが皇帝は冷静に足元を見ると、そのまま歩き続けた。


「このままでいい。城につくまでのことだ」

「は、はい」


 従うしかない。


 ミネルヴァは気を取り直して危ない道はなかったかと思い浮かべ、舗装された道が続いていることにほっとした。

 その間も、歩幅の大きな皇帝に遅れないよう必死に隣を歩いた。


 そんなふたりの行く道の前方から、兵士がひとり歩いて来た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ