第十八話 これから ミネルヴァと皇帝
「あの、陛下。森のどこに暮らすのですか?」
胸の鼓動もおさまったミネルヴァは、気になることを聞いた。
「そうだな……」
皇帝はあごに指を当てて考えはじめた。
「とりあえず今夜はダグの家に世話になる。いいか?」
視線を受けたダグは直立不動になった。
「もちろんです! 師匠の使っていた部屋がありますので、そこでよろしければ」
「じゅうぶんだ。なるべく早く、家を建てるとしよう」
笑顔で言った皇帝に、ダグは驚いて片手を伸ばした。
「家なら、私が」
「自分の家くらい、自分で建てる」
「は、はい」
断言する皇帝に三人の視線が集まっていた。
ミネルヴァはカッコいいなと魅了されていた。
「さっそく家を建てるですって? 頼もしいわね。ただの兵士になっても、将来有望じゃない?」
「や、やめてください……!」
ニヤつくサリアにひじで突かれたミネルヴァは縮こまったけれど、皇帝と目があってハッとした。
「と、とても頼もしいです。自分で家を建てるなんて」
さっきは陛下が森に暮らすことを嫌がっていると取られてしまったようなので、勇気をだしてグイッと言ってみた。
陛下が笑顔を向けてくれたので、挽回できたような気がした。
「フフ」
そんなふたりを見てサリアは嗤い、隣のダグは陛下が森に永住するのではないかと、本当にそのままにしていていいのかとまた不安になってきた。
「陛下、せめて、森で暮らすことは城に知らせても」
すがるようなダグに、皇帝は冷酷な視線を向けた。
「せっかく、俺がいなくなったと思い喜んでいるのだ。知らせてやる必要はないだろう」
「し、しかし」
「そうよ、薄情者達なんて放っておきなさい」
ダグと一緒にミネルヴァも戸惑い顔になるなか、サリアが言い放った。
「でしょ? 陛下。いいえ、兵士のダンディアスさん」
面白がるようなサリアに対し、ダグは主人を攻撃された猟犬のようににらんだが、皇帝は冷静だった。
「そうだ、放っておけ」
腕を組み目を閉じた姿を、ミネルヴァはただ見ているしかなかった。
城に戻れなかったこと、怒っているように見えた。
それに、少し悲しそうにも見えて。
かける言葉が浮かばなかった。
「陛下まで……」
ダグは戸惑うなか、サリアをキッとにらんだ。
「サリアよ。陛下をそそのかすな。それに、誰も彼も放っておいたら、そのうち孤立するぞ」
「フン! 私は魔女よ。孤立して結構なの」
髪をなびかせるサリアに、ダグはため息をついた。
「とにかく、旦那は放っておかずにこのことを話すんだな。きっと、ただでは済まないだろうが」
そうなれと言わんばかりの厳しい顔を見て、サリアは少し動揺した。
「な、なによ! うるさい人ね! 石にするわよ?」
最強の切り札を出したサリアに、ダグは半歩後ずさり、ミネルヴァが前に出た。
「サリアさん!」
「ひっ!?」
ビクつくサリア。
ミネルヴァは容赦なく恐い顔で見つめた。
「石にしたらいけません。もう、誰も石にしないでください。陛下みたいに、人生が変わってしまう人もいるかもしれないんですから……」
ミネルヴァは悲しくなって言葉が続かなかった。
隣ではダグが重々しくうなずいていた。
「わ、わかったわよ。考えておくわ」
意地でも “もうしない” とは言わないサリアだったが、しょんぼりと肩を落とした姿を見てミネルヴァとダグはとりあえず納得した。
「なんだ、ミネルヴァの言うことはよく聞くではないか?」
皇帝が不思議そうにサリアとミネルヴァを見た。
サリアはちょっと顔を上げて笑った。
「そうなの。私、ミネルヴァのパパを魔法書の書き手として尊敬してたのよね。だから、ミネルヴァに叱られると、ミネルヴァのパパに叱られた時を思い出してつい大人しくなってしまうのよねぇ」
ミネルヴァもパパを思い出して頼もしさを感じ、誇らしげな笑みを浮かべた。
「ふう、パパさんが生きていてくれれば」
この魔女をなんとかしてくれるのにと、ダグは心のなかで呟いた。
「なぜ、死んだのだ?」
「夜の森に出かけた時に、魔犬に襲われたんです」
ミネルヴァは陛下に答えながら、思い出して目を閉じた。
ダグは慰めるため肩を叩こうと手をあげかけた。
しかし、皇帝陛下ににらまれたことを思い出して、手をおろして縮こまるようにかしこまった。
すると、皇帝がミネルヴァの肩に優しく手をおいた。
引き下がってよかった。
ダグは自分の判断に安堵した。
「魔犬は、山に住む悪い魔女の使い魔よ」
サリアは珍しく厳格な顔つきで山をにらんだ。
「もう日が暮れてくるわ。あなた達、今日は帰りなさい」
腰に手を当てた堂々たる姿。三人を思わず素直にうなずかせた。
「家まで、送ろう」
即座に笑いかけてくれた陛下。
ミネルヴァは喜びの笑顔を返した。
「ありがとうございます」
笑いあう二人を見て、ダグは気を効かせることにした。
「私は先に帰って、部屋の準備をしておきます」
「わかった。丸腰だ、気をつけて帰れ」
「はい」
一礼したダグと、またねーと笑顔で手を振るサリアと別れたミネルヴァと皇帝は初めて会った時のように森を歩いた。
ミネルヴァはドキドキして、ただ隣を歩いていた。
皇帝陛下も道順を聞く以外黙っていたけれど、隣を歩いてくれていること自体、最初より自分を意識して気にしてくれているのが伝わってきてドキドキが速まっていった。
そしてこれから陛下が森で暮らすなら、きっと何度も会うことができる。
そう思うだけで、感じたことのない喜びが胸に広がっていた。