第十六話 これから 恋
「皇帝陛下ったら、独占欲が強いわね」
一部始終をしっかり見ていたサリアが、皇帝を横目にニヤニヤした。
「独占欲?」
「あっ、陛下。もう魔女の言うことには耳をかたむけない方が」
ダグが忠告したが、皇帝はサリアの方を向いて瞳を見すえた。
「独占欲、知らないの? ひとりじめしたいってことよ……!」
サリアはギュッと自分を抱きしめてみせた。
「独占欲は知っているが、なぜそんな言葉が出てくる? 俺はただ、ミネルヴァに対するダグの出過ぎた真似を戒めただけだ」
腕を組んで生真面目な皇帝に、サリアはハッと目を丸くした。
「あらあら、無自覚なのね? 無自覚さんを相手にするのは大変よ?」
サリアにぽんと肩を叩かれて、ミネルヴァはピクッと体をはねさせた。
「な、なにを言って!?」
ダグと皇帝のやりとりからサリアの言うことまで、よくわからないミネルヴァだが、陛下と自分の話だと思うだけでドキドキが止まらなかった。
それをよそに、サリアは皇帝を見てまたニヤついた。
「ほら、ご覧なさい。私が触れても反応しないなんて変だわ。ダグの時はあんなに怒ったのに」
「あぁ、そうだな………?」
確かに、おかしいと言うように、皇帝は眉を寄せてサリアから視線をそらせた。
「まぁ、仕方ないわね。恋もよく知らないみたいだし」
自分の言動に答えが出せないでいる皇帝に、サリアはミネルヴァを前に押し出した。
「ミネルヴァに教えてもらいなさい」
「ひぇっ!?」
突然の抜擢にミネルヴァは混乱しながらも、とっさに陛下の顔を見た。
まっすぐ自分を見つめている瞳と瞳が合って、恋という言葉でいっぱいになっていた胸はキュンとなった。
けれど、恥ずかしさも巻き上がってきて、目を伏せてしまった。
「わ、私も、恋は……」
うわ言のような呟き。自分でもなにを言っているのかわからない。
けれど、ありがたいのか困るのか、サリアは冷静にその呟きを受け取った。
「そうね、ミネルヴァも心もとない感じだし。ふたりで学んでいきない。それとも」
先導師のように真面目だった顔が、またニヤリと歪んだ。
「私が教えてあげましょうか? 恋のその先も失敗しないようにね」
「よせ! 陛下と恩人に、変なことを教えるなど許さんぞ」
恋という話に所在なげにしていたダグが、皇帝を庇うように間に割って入りサリアをにらんだ。
「いいじゃないの。いつかは知ることよ」
「だからって、魔女から知らされるわけにはいかん!」
不満そうににらむサリアとにらみ返すダグ。
間に挟まれているミネルヴァは身をすくめて、無意識に助けを求めて陛下を見た。
「よくわからんことで、睨み合っているな」
皇帝が困惑顔をかしげて答えた。
やっぱり、陛下は恋がよくわからないんだ。
ここは自分もそういうことにしてうなずくと、皇帝はダグとサリアに顔を向けた。
「落ち着け、ダグ」
「サリアさんも」
ミネルヴァもサリアを見上げた。
「からかわかわ!?」
また舌がもつれてしまい、ミネルヴァは恥ずかしさに身をすくめた。
「ほほほ! 一番動揺しているようね、落ち着きなさい!」
「誰のせいだ! 全く……」
あざ笑うサリアを一喝してから、ダグは身を引いて皇帝に向き合った。
「陛下。もう魔女は放っておきましょう。それより、剣を見せていただけませんか?」
「ああ」
場にそぐわないニッコリ顔で強制的に話を変えたダグに、皇帝は流されて剣を渡した。
ダグは両手で受け取ると、愛おしそうに剣を調べた。
「あぁ、気になっていたのです。魔女と戦うことになった時、これの活躍がどんなものか!」
剣は刃こぼれひとつなく、誇らしげに輝いていた。
「これが役に立たない時は、我が身を投げ出し責任を取ろうと、その思いで丸腰で来ましたが」
「そんな思いで丸腰で来たのか……」
ダグの覚悟に、皇帝もさすがに言葉を失った。
「ですが、魔剣にも負けずに私の期待に応えてくれました。師匠にも自慢できると言うものです」
「よかったな」
清々しいダグの笑顔に、皇帝も笑みを返した。
「使い心地はいかがでしたか?」
ダグと皇帝の話しが続くのを横目に、サリアが屋敷からジャムのビンとスプーンを手に出てきてミネルヴァのそばに戻った。
「はぁ、疲れた。そんな時は、この疲労回復ベリージャムが一番よね」
ぱくりと、すくったジャムを食べるサリア。
ミネルヴァも商品の出来が気になった。
「そのまま食べて、甘すぎませんか?」
「そこがいいのよ。舌から体に染み渡るわ」
フムフムと、ミネルヴァはサリアのさわやかな笑顔に納得した。
そこへ、皇帝とダグが近づいてきて、ダグが打って変わって愛想のいい笑顔をサリアにみせた。
「魔女サリアよ。さっきのやりとりは一旦忘れてほしい。そして、俺に魔剣を見せてくれ」
「仕方ないわねぇ、いいわよ」
ダグはさっそく木のそばに落ちている魔剣を拾い、皇帝と共に調べはじめた。
刃は黒い魔法石でできた、柄まで漆黒の剣だ。
「美しい、名のある者が作ったに違いない。違うか? サリア」
「誰が作ったか知らないけど、タルタロスから貰ったから凄い剣かもね」
うっとりするダグとは反対に、サリアは興味なさげに答えて皇帝に目を向けた。
「それより、陛下。これからどうなさるの? のんきに剣を眺めたり、恋について学んでる場合じゃないでしょう?」
ミネルヴァとダグも注目するなか、皇帝は腕を組んだ。
そして、優美な笑みをミネルヴァに向けた。
「……これからは、その暇もできる」
「?」
ミネルヴァはただ不思議な顔をした。
「えっ?」
サリアは目を丸くして、片眉を上げた。
「陛下!」
ダグは次の言葉を止めるべく、手を伸ばした。
三者三様の反応を前に、皇帝は冷静な表情と声音で告げた。
「俺は城には戻らない。行方不明のまま皇帝の座を弟に譲り、兵士になって森で暮らす」
「なっ!?」
スプーンを取り落としたサリアの隣で、ミネルヴァも驚きのあまり頭が真っ白になった。