第十五話 サリアと皇帝とダグとミネルヴァ
ミネルヴァと皇帝とダグはサリアによって、木々に囲まれた広い裏庭に転移させられた。
皇帝とサリアは自然と距離を取り向かい合った。
ミネルヴァはダグの腕に庇われながら、木のそばにさがった。
なんとか止めたかったけれど、もう間に入り込めないのがわかった。
なぜなら経験したことのない恐ろしい空気が、陛下とサリアさんの間に流れていたから。それに、自分が行動すればダグさんを巻き込むことになる。
ミネルヴァはふたりが怪我をしないように、祈るしかなかった。
そんな心配をよそに、サリアは笑っていた。
「ほほほ、遠慮はいらなくてよ」
「わかっている」
皇帝は剣を胸元に構えた。
それを確認したサリアが斬りかかっていった。
剣と剣がぶつかる瞬間、ミネルヴァは目を閉じた。
一時静かになったが、再び耳には剣のぶつかり合う音と、ダグの緊張した息づかいと感嘆や興奮した唸り声が聞こえてきた。
一方皇帝は、サリアの剣技に驚いていた。
勢い任せに見えるが、動きも攻撃も的確で、さばくのに苦労した。受けるのがやっとの一撃もあった。
その上、サリアは不敵な笑みを崩さない。何度跳ねのけても楽しそうに向かってくる。プライドを大いに刺激されて、皇帝は腕にさらに力を込めて剣を振り、魔剣ごとサリアを弾き飛ばした。
「ああ!」
サリアは木に背中をぶつけて、さすがにぐったりとなった。
「だ、大丈夫ですか!?」
皇帝とダグが張りつめていた空気を解いたので、ミネルヴァは目を開けて、木の根本に座り込むサリアを見つけて駆け寄った。
「ハァハァ……もうだめ」
「そんな……」
力ない視線をよこすサリアにうろたえつつ、ミネルヴァは両手をかざして治癒魔法を当てた。
「私の力はますます失われたわ。まぁ、皇帝の相手をしてあげたし、これでいいでしょ?」
「よく、ありません」
息も絶え絶えながらどこか軽い口調に、ミネルヴァは言い返さずにいられなかった。
ミネルヴァの後ろに、皇帝とダグが近づいてきた。
「充分な相手だった。仕返しを忘れて夢中になれたぞ」
お褒めの言葉に、サリアはまた不敵に笑った。
「どこで覚えたのだ? その剣技」
「フフ、私の夫は大剣士にして大魔導師のタルタロス。その夫から手ほどきを受けたり、時には戦ったりしてきたのよ」
タルタロスは、帝国一と言われる魔導師だ。
自分と鍛錬しても、唯一表情を変えない相手。
皇帝は驚くとともに、納得した。
ミネルヴァもタルタロスに会った時を思い出した。
屋敷を訪ねた際に、“世話になっているね” と、落ち着いた態度で挨拶してくれたことがあった。
長い黒髪と凄く綺麗な顔、ガッシリした体に黒いローブを纏った姿が印象的だった。
「ちなみに、今は別居中よ。私の石像コレクションを悪趣味とか言うから追い出してやったわ!」
回復したサリアは立ち上がり、猛々しくのたまった。
「悪趣味どころではないぞ!」
ダグがすかさず突っ込み、サリアはフン!と顔をそらした。
「タルタロスはどこにいる?」
「東の砦を守っているみたいよ。あそこはユグドラシル帝国との国境だからね」
ダグもうなずいたのを、皇帝は確認した。
「そうか……」
砦に思いを馳せる皇帝を、三人はしばし見守った。
ミネルヴァは皇帝陛下が砦に行ってしまうのではと、不安と心配を感じた。
「タルタロスなんて放っときましょうよ」
サリアが髪をかきあげて言い放った。
「剣の相手なら、私がしてあげるから」
「そうだな、また頼もう」
「陛下!」
嬉しそうな皇帝に、ミネルヴァは思わず詰め寄った。
「危ないです。怪我をしたら、怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。それに、今度からは鍛錬、たしなみというものだ。危険なものではない」
「そうよ、私達は和解したんだから。私の罪も帳消し、ですわよね? 陛下?」
ここぞとばかりに笑いかけるサリアに、皇帝は苦笑した。
「ああ、帳消しだ」
「はぁ、なんと戦い好きな皇帝だ……」
ダグの呟きが聞えて、ミネルヴァはうなだれた。
やっぱり、ふたりが戦うのを見ているしかない。
それどころか、陛下が戦うこと自体を止めることはできないと悟った。
そんなミネルヴァを慰めるように、ダグが優しく肩を叩いた。
ミネルヴァは励まされて顔を上げたが。
皇帝は表情を険しくして、真正面からダグをにらんだ。
「へっ!?」
ダグはサッと、ミネルヴァの肩から手を離した。
にらまれたタイミング、どう考えてもこの手のせいだと、後ろに隠した。
切り落とされてはたまらない。
「も、申し訳ありませんっ、陛下の……お、恩人に気安く触れてしまい!」
そんなに大げさに扱わなくても。
皇帝の顔を見なかったミネルヴァは、直立不動で慌てるダグを不思議な思いで見た。
しかし、この大げさな扱いは、皇帝には効果的だったようで。
「わかれば、よいのだ」
そう穏やかに言われて、ダグはほっとした。
そして、やはり当たったかとドキリとしつつ、ミネルヴァを特別視することにした。
恩人としているが、もしかしたら、異性として見られているかもしれないと思いながら。