第十三話 サリアの屋敷
一方で魔女サリアの屋敷に乗り込んだミネルヴァは、サリアに歓迎された。
「気になっていたのよ。カラスったら、私に似て控えめだから、なにも情報を持たずに帰ってくるんだもん」
「どこが控えめですか!? 皇帝陛下を石像にしてっ」
ミネルヴァの突っ込みに、サリアは笑った。
「そうね、それで陛下はどうなったの?」
ミネルヴァは二階のサリアの部屋に通された。
サリアは窓の前にあるひとり掛けソファに座った。
「城に戻りました。でも、城には入れなかったんです! 陛下だと信じてもらえなかったみたいで、それで今はどこにいるのかわかりません」
陛下がどこにいるかわからないと思うと、ミネルヴァは泣きそうになったが急いでこらえた。
「あらあら、かわいそうに」
サリアは眉を寄せたが、それほどかわいそうとも思ってなさそうに言った。
「あらあらじゃありません! 皇帝陛下を、城に戻してあげてください!」
ミネルヴァは全身に力を込めて、果敢に訴えた。
対峙するサリアは太ももまでスリットのある黒いロングドレス姿で足を組み、不敵に笑った。
手強い魔女といった印象が強まって、ミネルヴァは負けないようにグッと力を入れ直した。
「言ったでしょ。無理なのよ」
またあっさり言ったサリアだったが、恐い顔で引き下がらないミネルヴァを見て、少し弱々しい顔になった。
「皇帝を拐った時城に入れたのは、魔力をためて強めていたから。だからまた魔力をためないといけないから、すぐには無理よ」
「そうなんですね……」
そういう事情なら仕方ないかと、ミネルヴァは少し力を抜いた。
「その間に、レブナンが皇帝になるでしょうね」
「待ってください! それは困りますっ」
ミネルヴァは慌てて一歩踏み出した。
サリアは体をナナメにして、圧力から逃げた。
「それは、私にはどうしようもないわよ」
「そんなことありません。せめて、私が誘拐しましたと城に言いに行ってください」
「へ!?」
サリアはビクリとして、怯えた顔をした。
「そうすれば、陛下は城に戻れるはずです」
「嫌よ嫌よ!」
サリアは椅子に縮こまり、嫌々と首を振った。
「絶対嫌よ! 処刑されちゃう!」
「はぁ……」
子供みたいなサリアに脱力しつつ、処刑と聞かされて無理に連れて行く気がなくなっていった。
この方法もダメ。
なら、どうすれば……。
「なら、せめて、陛下を探すのを手伝ってください!」
怯えていたサリアは、拍子抜けしたように目を丸くした。
「それくらいなら、いいわよ。カラスに探させればすぐよ」
「よかった、ありがとうございます……!」
「だけど、私のことを皇帝に言わないでね。まさか、もう言っちゃったんじゃないでしょうね!? いや、でも、皇帝はここに来てないし」
目をさまよわすサリアに、ミネルヴァも困惑した。
「言ってません、だってサリアさんがそう言ったじゃないですか」
「私が? 言ったかしら?」
あれ? 脳内に直接話しかけてきたこと、サリアさん自覚ない? そんな魔法を自分が使えること、気づいてないんだ。
それなら、あんなビックリする魔法を使われないように、黙っておこうと決めた。
「私の勘違いでしたか」
「でも、今お願いしたでしょ! 言わないで!」
「サリアさん!」
ミネルヴァはまた恐い顔をしてサリアを怯えさせた。
「皇帝陛下に、謝ってください」
「……なによ。あんな冷酷な皇帝のために必死になっちゃって」
「陛下は、冷酷なんかじゃありませんでした」
床に目を落として皇帝を思い出すミネルヴァに、サリアは観察するような目を向けた。
「そう、一晩一緒にいる間になにかあったのね。冷酷だと思わせないなにかが」
「……っ!」
図星を突かれて、ミネルヴァの胸は痛いほど反応した。
楽しく食事したこと、本のやりとり、眠れない自分をのぞき込んだ皇帝の笑った顔と近づいた手、何度も笑顔を交わしたことが次々浮かんで……。
思い出に囚われて固まるミネルヴァに、サリアは妖艶にニヤリとした。
「フフ、好きになっちゃった?」
今度は、ミネルヴァはビクリと体全体で反応してしまった。
「そんな可愛いワンピース着ちゃって。好きですと言ってるようなものよ?」
ミネルヴァはサッと両手で服を隠した。
そんな、陛下にも知られた!? まさか。
陛下は恋なんて知らない。落ち着かなきゃ。
「か、からかわから……!」
「ほほほっ、可愛い娘!」
楽しそうなサリア。
完全に立場が逆転してしまった。
ミネルヴァは急いで威勢を取り戻して、サリアをキッと見つめた。
「からかわないでください! 怒りますよ」
冷静なミネルヴァの瞳に、また怯えて縮こまるサリア。
「落ち着いてよ、皇帝は探すから。だけど、皇帝に謝るのは魔女としてのプライドが……わかってよ! ジャムとケーキを人質に取るのはなしよ!」
その時、ドアが開いた。
入ってきたのは、皇帝ダンディアスと鍛冶屋のダグ。