第十一話 皇帝と鍛冶屋
皇帝が訪ねたのは鍛冶屋を営むダグ。
彼はミネルヴァの家からそれほど遠くない場所に、小さな家と仕事場を建てて暮らしていた。
出会いはもう十年以上前。
皇帝が初めて武器を手にした時、ダグは師匠の共をしてその場にいた。ダグと皇帝は歳が近いこともあり、といってもダグは5つほど上なので師匠よりはだが、皇帝のよき話し相手になった。
それにダグは武器を扱うのが好きで、皇帝の鍛錬に喜々として付き合う数少ない者だった。攻撃魔法はほとんど使えないが、好きなだけに武器の扱いが上手く、皇帝より小柄なのに力は互角だった。
皇帝はダグのように強い者が好きだった。
武器作りに対するストイックさも、好感を持っていた。
今も、ダグは仕事場で剣を作っていた。
筋肉の引き締まった腕でハンマーを振るたびに、後ろで束ねた茶髪から汗が落ち褐色の肌を伝いシャツに染み込む。革のズボンとブーツに包まれた足はどっしりとしている。
仕事場に踏み入れた皇帝を見たダグは、三白眼の黒い目を見開き驚きに固まった。
「ダンディアス様……!」
「やはり、お前は信じたか」
皇帝はほっとして笑った。
ダグは皇帝をすぐに家に招き、台所兼居間の素朴な木のテーブルにお茶を置いた。
皇帝は椅子に座ると、目を閉じて息を吐いた。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「怪我はない。少し歩き疲れただけだ」
ダグはそれでも膝をついて体を観察し、怪我がないのを確認した。
「今まで、どこに行っていたのですか?」
「昨日まで、魔女に石にされていたのだ」
「ま、魔女に石に!?」
ダグは驚きと焦りに顔をゆがませた。
厄介な魔女がいるのは知っているし、会ったこともあるが、まさか皇帝に手を出すとは思っていなかった。
「それで」
「森で暮らす、ミネルヴァという娘に助けられた」
皇帝はミネルヴァを思い浮かべた。
こんな結果になったが、会いに行って安心させてやらねばならないと心が急いだ。
「ミネルヴァ、ジャムやお菓子を売っている娘ですね」
「知っていたか」
「俺の家にも、月に一度くらい来てくれますよ。あ、いや最近は……」
言いかけてダグはピタッと止まった。
「最近は?」
「あ、いえ。余計なことです」
「気になるではないか。言え」
「はい。最近は買ってないなと思っただけです」
有無を言わせぬ皇帝に、ダグは強気に断言した。
「なんだ、それだけか」
「それより、彼女がどうやって陛下を助けたんです?」
ミネルヴァにそんな力があるようには見えない。
ダグは眉を寄せた。
「さぁな。夢中でよく覚えていないと言っていたし、俺が意識を取り戻した時は魔女はもういなかった。なにがあったのかはわからない」
「そうですか……魔女について聞きましたか?」
「いや、魔女よりまず、城に帰ろうと思ってな。魔女としか聞いていない」
「魔女、ひとりに絞れませんね」
眉を寄せて悩むダグに、皇帝は苦笑した。
「ここは陛下の言う通り、魔女より城です。戻りましたか?」
「ああ、戻った。しかし、この通りだ」
「……陛下とは認めなかったのですね」
足を組んでテーブルに頬杖をつき、少し不機嫌な顔をする皇帝。ダグは下を向き視線をそらせた。