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第九話 少しお別れ

「綺麗な髪だ」

「えっ、ありがとうございます……」


 何気ない褒め言葉に、ミネルヴァは必要以上にドキンとしてしまった。よしよしと褒めるように、毎日手入れしてきた黒髪を撫でる。触り心地もなめらか。光に当たると、キラキラした黒い魔法石みたいに見えることもある。


「気をつけて行け」

「はい」


 ミネルヴァは胸のアミュレットを握ってみせた。


 家を出て昨日とは反対の小道を行くと、まっすぐ町につながっている。

 帝都の隣にある町で、結構な人通りがあった。

 石造りの店が並ぶ通りにつくとまず靴屋に入り、ブーツの棚に向かった。

 ショートかロングか色やデザインは。

 目をウロウロさせて、とりあえず一番最初に目についたブーツを取ってみると重かった。


 重いのは歩きにくそう。

 それにゴテゴテしてないのがいいって。

 これはベルト付きで少しゴテゴテしてるような。


 ミネルヴァはまた棚に目を戻して、いつか見た皇帝陛下の格好を思い出してみた。

 あの時は、金の模様がある黒いロングブーツだった。

 金の模様があるブーツはなかった。そこで軽くて飾りけのない黒いロングブーツを選んだ。


 シンプルだから気にいるも気に入らないもないかも。

 後は履き心地がいいといいけど。


 紙袋を提げて、次は服屋に入った。

 ここでも皇帝陛下の服を思い出す。

 マントに隠れてよくわからなかったけど、黒地に金の模様があったはず。

 けれど探しても金の模様のある服はなかった。

 皇帝のための特別な服かもしれない。

 そこで黒い長袖から選ぶことにした。

 まず手に取ったのは、立襟で左胸に合わせがあるボタンのない無地。これだったような違うような。

 次に、Vネックに黒いボタンの無地、ハイネックの無地。これは兵士さんがよく着てるような。


 迷った末、ボタンつきのを選んだ。

 全身黒づくめになってしまうけど、陛下には似合う気がすると思い直した。


 次は自分の服。

 手に取ってみたのは、フィットアンドフレア。ピンクの生地に白や赤の小花柄のワンピース。

 ずっとこんなワンピースを着てみたかったから、ママの後押しと皇帝陛下に見られることを考えて着るとは決めたけど、それでもピンクを着る勇気がでない。同じデザインで白と水色もある。

 どちらにしようと思いながら、他のワンピースも目に入る。

 濃紺や真紅のシンプルなワンピース。サリアが着ていたドレスに似ている。

 自分と歳は近そうだけど、大人に見える皇帝陛下。

 陛下の前で着るなら、こんな大人びたワンピースがいいのかもしれない。

 けれど自分に似合うかわからなかった。


 鏡の前で交互に合わせてみる。

 花柄の方が白いエプロンと合う気がした。


 ミネルヴァは白地に小花柄のワンピースを選んだ。

 そして試着室で着替えてエプロンをつけてみた。

 やっぱりよく似合っていた。自分にというよりエプロンに。

 だけど、自分を見てもそれほど変とは思えなかった。こんな可愛い服は真っ白な肌の娘にしか似合わない、太陽を浴びながら森を歩いて真っ白い肌とはいかない自分には似合わない気がしていたけど、そんなに浮いていない。

 こんなワンピースを着ると、誰でもお人形のように見えるのかもしれない。

 

 それでも嬉しくて、ミネルヴァはそのまま家路についた。

 

 森の小道を歩く時はさすがに警戒したが、浮き立った気分のまま無事家についた。


「ただいま」


 居間のソファに座り本を読むイザベルに、笑顔でスカートの裾を引っ張って見せた。


「可愛いわ! 似合ってるわよ」


 満面の笑顔を返して部屋に行った。


「お待たせしました」


 小さな声とノックで帰宅を知らせ、少し時間がかかったなと思いながらドアを開けた。


 皇帝はベッドに座り、窓を見ていた。


「無事帰ったか」


 嬉しそうな笑顔に、ミネルヴァはジーンときた。


「はい。ブーツも服も買いました」


 紙袋を掲げてみせた。


「ご苦労だった……お前も服を新しくしたのか」

「はい」


 ミネルヴァは袋を脇にさげて、思わず服を見せた。

 皇帝は指を頬に当て、スッとミネルヴァの格好に目を通した。


「よく似合っている」


 ミネルヴァは泣きそうなくらい嬉しくなり、一生の思い出にしようと目を閉じて皇帝の言葉を胸にしまった。


「あ、ありがとうございます」


 お披露目を終えたミネルヴァは、少しさがって紙袋を開けにかかった。


「サイズが合うといいですが」

「……大丈夫だ」


 服もブーツもピッタリで、想像通りよく似合っていて見惚れてしまうほどだった。

 悩んだ甲斐があるというものだと、ミネルヴァはニコニコした。

 そんな風にやたら嬉しがるミネルヴァに、皇帝は可笑しそうに小さく笑った。


「さて、行くとするか」


 皇帝は力強く笑みを浮かべた。


 ミネルヴァは別れを実感して、急激に切なくなっていった。

 それはやっぱり表情に出て、皇帝は気づいてくれた。


「そう悲しい顔をするな。城に戻っても戻れなくても、またお前に会いに来る」


 真剣な声音と優しい微笑みに、胸が苦しくなって言葉も出せずなんとかうなずいた。


「城にはひとりで戻る。道を教えてくれるか」

「はい」


 ミネルヴァはお客の家の場所を記した、手製の地図を広げて教えた。


 皇帝が動き出そうとした時、ミネルヴァはハッとして魔法ジャムを思い出した。


「ま、待っていてください!」


 大急ぎで台所に行き小ビンとスプーンを取ると部屋に戻り息を整えて、怪訝な顔をする皇帝にジャムを掬ったスプーンを向けた。


「これを一口食べてください。少しのバリアと傷を治す効果があります」


 皇帝は素直にジャムを食べてくれた。


「スっとする。これも美味い」


 ふたりは無邪気に笑顔を交わした。


「深く世話になったな。礼を言うぞ」


 ミネルヴァはなんて返していいかわからず、首を横に振り小さくお辞儀をした。


 皇帝はドアではなく窓に向かった。

 そして窓枠に足をかけてヒラリと飛び降りた。

 ミネルヴァは急いで窓の下をのぞいた。

 皇帝はミネルヴァを一瞥(いちべつ)して笑みをみせると、家の表の方へ歩いて行き見えなくなった。


「無事に帰ってください……」


 ミネルヴァはようやくそれだけ呟いた。

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