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幽霊事務所へようこそ  作者: 相藤自由
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屋上①

 瑞洲託也(みずしまたくや)龍司(りゅうじ)の事務所で寝泊まりすることが多い。

龍司の生活力の無さがそうさせていると言っても過言ではないのだ。

龍司は依頼が入っていない日は放っておくと食事も摂らずベッドで一日中寝ている。

彼は料理もしないため、一人でいるとエナジードリンクやコーヒー、バランス栄養食品で食事を済ませてしまう。

それでは身体に良くないと無理やり叩き起こし、料理を作って食事をさせるのが託也の仕事の一つだ。

部屋や浴室などの掃除はもちろん、生活必需品の買い物も託也が自ら進んで行っている。

傍から見れば世話を焼き過ぎだとも捉えられるが、そうでもしないと黯藤龍司(あんどうりゅうじ)という男は生活力が皆無なのだ。

託也は朝作って置いたおかずを冷蔵庫に仕舞い、リビングのソファに横たわっている龍司に声をかける。


「俺、もう出るけど。冷蔵庫に今日の夕飯入ってるから絶対食べてよ」


龍司が眠たそうな声で「んあ~」と適当な返事をすると託也は「絶対(ぜって)ぇだぞ」とドスの効いた声で後押しした。

龍司は起き上がり、壁掛けの時計を見て「もうそんな時間か~」とローテーブルに広げていた新聞紙を折り畳む。

時刻は午後四時三十分を指していた。


「今日は家に戻るから明日の昼くらいにまた来るよ」


「託也。俺に構わなくていいから少しは休め」


「義兄さんが思ってるより休んでるからご心配なく。俺より義兄さんの方が心配だよ」


託也はカーキ色のパーカーのフードを頭に被ると玄関のドアノブに手をかけて「じゃ、また明日」とドアを開ける。

奥から「お~」と龍司の返事が聞こえ、ドアを閉めるとすぐに鍵をかけた。

託也は周囲をキョロキョロと見回し、エレベーターではなく階段で事務所がある五階から一階まで下りる。

ビルを出て八十メートルほど真っ直ぐ進み、一度大きな通りに出た後、今度は狭く小さな道に入り、迷路のようなそこを慣れた足取りで進んでいくと小さな公園に出た。

その向こう側は煌びやかな光の街が広がっていて、託也はその光の中を歩き、黒い大理石が貼られている大きめの建物に着くと裏へ回り、勝手口から中へ入る。

すると勝手口の前に立っていた臙脂(えんじ)色のスーツを着た男が託也に気付くと「お疲れ様です!若!」と元気よく挨拶した。

その声に反応した数人の男が同じく「お疲れ様です!」と頭を下げる。


「お疲れ。俺、今日はラストまでいるから」


託也の後ろに黒いスーツの男が付き、「了解です」と返事をした。


「本日の御召し物は白と濃紺のものを用意しておりますが」


「白でいいよ。ネクタイも白。ワイシャツは黒で」


託也がオーダーをすると「かしこまりました」と黒いスーツの男は託也と共に部屋に入るとクローゼットを開けて白のスーツと黒いワイシャツを取り出す。

託也はカーキ色のパーカーを脱ぐとそれをソファに放り投げ、ワイシャツを受け取って袖を通した。


「昨日の売り上げは?」


黒いスーツの男──桐屋(きりや)が「昨日は二千万です」と言うと託也は「ちょっと少ないな」と銀縁眼鏡を外す。

ジーンズを脱いで空いているハンガーにそれをかけて、桐屋がコートラックにかけたスラックスを穿いた。

ソファに放り投げたパーカーをジーンズと同じハンガーにかけると桐屋がそれを受け取り、クローゼットへ仕舞う。

託也はネクタイを結びながら鏡越しに桐屋を見る。


「今日は四千万行くぞ。じゃねぇとこの街でナンバーワンは名乗れねぇぞ」


桐屋は「はい!」と力強い返事をして部屋を退室し、託也はお気に入りのハードタイプのワックスで髪を整えた。

鏡に映った自分を見て「ナンバーワン、ねぇ…」と溜息をつく。

備え付けのシャワールームにある洗面台で手を洗い、畳んで置いてあるフェイスタオルで水気を拭った。

洗ったばかりでまだ少しひんやりとする手で自身の両頬をバチンと叩くと「…しっ。行くか」とシャワールームを出てコートラックにかかっているジャケットを羽織り、部屋を出た。




「お疲れ様です!若ッ!」


 スーツやベストを身に纏った五十余名の男衆が列を成し、託也に向かって深々と頭を下げる。

託也はここ高級ホストクラブ“ETERNITY(エタニティ)”のナンバーワンホストで元締めである“瑞洲組(みずしまぐみ)”の跡取り息子だ。

組を受け継ぐ予定にされているため若頭となっているが、本人はあまりその気ではない。


「昨夜は俺がいなくてすまなかった。昨日少なかった分、今日は四千万を目標に皆も頑張ってくれ!以上だ!」


「はいッ!」


男衆は力強い返事をするとすぐさま開店準備をしに各々ポジションに散り、仕事に取りかかる。

この店に勤めるホストやスタッフは全員が瑞洲組の人間で、若い衆もいれば長年勤めているベテランもいる。

組に入ったばかりの若い衆はこの店に勤めて、この街や組のルールを学ぶことが基本だ。


「若。今日も予約が入ってます。二十一時から小野寺様、それから零時に六合村(くにむら)様です」


店の予約をパソコンで確認していた桐屋がそう伝え、六合村の名前を聞いた託也はうんざりした顔をする。


「あの人、話し(なげ)ぇんだよな…二時で店閉めてぇけど二時間で帰ってくれるかな」


「申し訳ありません。我々が下手に助け船を出そうとすると機嫌を損ねてしまいますので…」


御付きの一人であるティアドロップ型のサングラスをかけた大沼(おおぬま)が眉を八の字にして言うと「そうなんだよなぁ。あーあ、時間勿体ねぇ」と託也が腕を前に組んだ。


「今夜は御帰りになられますか?」


「ああ。たまには親父に顔見せてやらねぇとな」


「では仕事が終わり次第、お送り致します」


大沼の申し出に託也は「すまねぇな。頼む」と彼の肩に手を置いて、そのまま奥の部屋に戻る。

部屋に置いてある冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してソファに腰かけた。

これから相手をする客のことを考えると今すぐにでも逃げ出したい気分だと託也は溜息をつく。

いつぞや若い衆に溜息ばかりついていると幸せが逃げると言われたことがあるが、その時は身体的なリラックス効果もあると負け惜しみを言った。

正直なところ勝手に出てくるものを咄嗟に止めるなど出来るわけもなく、だだ漏れになってしまうのは仕方のないことだと思う。

彼は心配して言ってくれたのだろうけど、当時まだ子供だった自分は素直に受け止めることをしなかった。

今でも子供だが…と自分を嘲笑う。

水を少し飲んだ託也はローテーブルに置いてあるノートパソコンに電源を入れて、ここ一カ月の売り上げを確認する。

高級とうたっているだけあって一日の最低売り上げは一千万、大体の平均売り上げは二千五百万から三千万だ。

政府から見放された地区であってもこの歌舞伎町に娯楽を求める人間は後を絶たない。

パソコンを操作しているといつの間にか時間が過ぎ、桐屋が「開店します」と声をかけに来た。

託也はすぐにファイルを閉じてパソコンの電源を落とすと「すぐ行く」とソファから立ち上がり、部屋を出る。

店のメインホールで男衆が再び列を成していて、託也は彼らの前に立つと大きく息を吸い込んだ。


「野郎共、今夜は忙しくなるぞ。誠心誠意、全身全霊でお客様に尽くしやがれ!」


「はいッッ!」


男衆は力強い返事をすると店の入り口に向かって整列し、最初の客を迎える。

男たちの長い夜が始まった。




長くなってしまいました。

ここまで読んでいただき誠に感謝申し上げます。


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