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幽霊事務所へようこそ  作者: 相藤自由
4/25

クローゼット➂

 二十分程で託也が薔薇の花束を片手に戻って来た。

彼が選んだ花に龍司は「キザだね~」と笑う。


「まだ年若そうな女性だったから菖蒲とかより薔薇の方が喜ぶかと思って」


「まあそれもそうか」と龍司は花束を受け取り、クローゼットの中に置いて託也と共に手を合わせた。

森口は託也に先ほど借りた黒い数珠を返し、龍司と同じようにクローゼットの前で手を合わせていると携帯端末の着信音が鳴り、受話器のマークのボタンを押して「はいよ」と出る。


黯藤(あんどう)。大家が到着したらしい」


龍司は「そうかい」と携帯灰皿に煙草の吸殻を入れた。

ガチャ…と静かにドアを開けて入って来たのは大家である初老の男性――荏本康大(えのもとこうだい)

彼はどこか落ち着かなそうな様子で部屋の中へ入って来た。

託也は荏本と目が合うと会釈をして邪魔にならないように玄関前に行く。


「…お話とは、何でしょうか?」


話を切り出したのは荏本の方だった。

龍司は森口に目線を送り、彼が頷くと「じゃあ単刀直入に訊くぜ」と荏本を見る。


「アンタ、この部屋で女を殺したな?」


荏本は青ざめた顔をして何も答えないが、手にはじっとりと冷や汗をかき、ぎゅっと拳を作る。


「女が殺されたのは少なくとも十年近く前だろ?けどニュースにもならなければ表沙汰にもなっていない。どうした?裏の奴らに遺体処理でもしてもらったか?」


荏本は目を泳がし、一向に龍司や森口と目線を合わせる気はない。

だが、龍司が言っていることは当たっているようで証拠に手がぶるぶると震えている。


「今までこの部屋を借りて死んだ人たちも同じやり口で処理して何事も無かったかのように貸し出してきたってとこか。アンタも随分と(ワル)だねぇ」


荏本は「…し…仕方ないだろ…」とようやく口を開いた。


「新宿が落ちぶれちまって、昔に比べて借り手も少なくなった…いわくつきの物件だなんて噂が立っちまったら益々借り手がつかなくてこっちの収入も減っちまう…」


「だったら家賃よりもずっと安い裏業者に遺体処理を任せた方がマシだって言いてぇのか?クソだな」


龍司が呆れた顔でそう言って退けると荏本は目を見開いて怒りを露わにする。


「てめぇら警察には分からねぇだろ!新宿から都庁が無くなって、政府に見放されて、新宿を離れる人間も多くなると同時に土地も安くなっていった!廃れた新宿区にいるこっちは明日は我が身なんだよ!」


ふーふーと荒い呼吸をする荏本の言い分を聞いた龍司は目を伏せて「確かにそうかもな」と言った。


「新宿は十五年前まで東京都の中心だった。下手な開発なんてしなけりゃ今みたいにならなかったのかもな。けど、そんな廃れた地域でもまだたくさんの人が生きてる。俺もアンタも。亡くなった彼女も今までこの部屋を借りていた人もそうだったんだ」


龍司は荏本を真っ直ぐ見る。


「アンタも色々大変だったろうけど、人を巻き込んでいい理由にはならない。ましてや人の命を犠牲にしたんだ。そんなんで生き残って本当に幸せなのか?死んでいった人たちはどうなる?浮かばれるわけねぇだろ」


荏本は「う…」と目尻から涙を流し、その場に崩れ落ちた。


「人の命を粗末にしたこと、精々牢屋で反省するんだな」


龍司が目線で森口に合図を送ると彼はポケットから手錠を取り出し、「詳しい話は署で聞かせてくれ」と荏本の手首にかける。

荏本は項垂(うなだ)れて「すまねぇ…すまねぇ…」と繰り返し、龍司は天井を見上げ、「謝るならこいつらに言ってやってくれ」と呟いた。

託也も離れたところから天井を見上げ、浮遊している白い塊を見る。

それは今までこの部屋で死んだ人々の魂で、未練が残ったためにあの世に行けず、この部屋に縛られていた。

自分たちを殺したのは女の幽霊だったが、その元凶であるのは荏本であると彼らは気付いていたのだ。


「良かったな。これでアンタらも成仏できそうだ」


龍司は手首にぶら下げていた白い数珠を魂の数だけジャリジャリと鳴らし、そして目を閉じて手を合わせる。

すると魂たちはふやふやと空に向かって飛んでいき、やがて消えてなくなった。

森口は「ありがとな黯藤」と言うと荏本を連れて部屋を出て行く。

全員成仏したことを確認すると龍司も目を開けて託也と共に部屋を後にした。





読んでいただき誠に感謝申し上げます。



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