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幽霊事務所へようこそ  作者: 相藤自由
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クローゼット①


 ―――リリリリリン…


カーテンの空いていない暗いリビングで古い黒電話が何度も呼び鈴のように鳴っている。

事切れる寸前で慌ててリビングに入って来た銀縁眼鏡の青年が受話器を取った。


「はい。黯藤(あんどう)心霊事務所です」


「ああ、やっと出た…頼むよ“幽霊事務所”さん」


受話器から聞こえてきたのは中年男性の声で少し濁った声色だ。

“幽霊事務所”という言葉に青年は眉をピクリと動かすが、あくまで冷静な対応をする。


「どちら様でしょうか?」


「刑事の森口(もりぐち)だ。またいつもの依頼でね。我々の手に負えないから協力をお願いしたいんだ」


「かしこまりました。それでどんな内容で?」


受話器の向こうから「えーっとお…」と男性が紙を(めく)る音がする。


「あー、新大久保二丁目にある柳河(やながわ)ハイツってアパートで三十三歳の男が死んでいるのが発見された。凶器は無し。全身“干乾びてる”状態で見つかったそうだ」


「なるほど。では直接現場に伺いますので後ほどお会いしましょう」


青年は簡潔に済ませると受話器を戻して黒電話の隣に置いてあるメモ用紙に簡単に用件を書き、本体から切り離して二つ折りにした。

部屋のカーテンを開け、日の光が差し込む状態にすると彼から見て右手奥にあるドアをノックする。


義兄(にい)さん。起きて義兄さん」


数回ノックするが、向こうからの返事はない。

青年――瑞洲(みずしま)託也たくやはふー…と鼻から深い息を吐き出すとドアを勢いよく開けた。

部屋の中は真っ暗で、隅に置かれたベッドの上で何やらくぐもった声が聞こえる。

託也は中に入るなり南側のカーテンを全開にした。


「…お~い~」


ベッドから気怠(けだる)げな声が聞こえた。

黒い掛け布団を退かしてのっそりと起き上がった黒髪の男性が声の主だ。

託也は「仕事だよ」と二つ折りにしたメモ用紙を見せつける。

男性はまだ目が覚めていないのか「ん~?」と間延びした返事をすると再び寝転がった。


「ダメだよ起きて」


託也はベッドに歩み寄り、男性の頬をペチペチと弱い力で叩く。

それでもまだ眠たい男性は「あと五分…」と言って掛け布団を被り直そうとするが、託也がそれを阻止した。


「起きろ!仕事だ!」


勢いよく掛け布団を引き剥がして取り上げると男性は「ん~」と縮こまる。

託也は追い打ちをかけるように服の首元を掴み、持ち上げた。


「三十五のオッサンが子供みたいな反応してんじゃねぇ…仕事だっつってんだろ」


乱暴に手を離し、腰に手を当ててフンッと勢いよく鼻から息を吐き出す託也を男性は悲しそうな目で見る。


「もうちょっと優しくしてくれよお…」


「昨日も散々寝てたろ!仕事の時ぐらいシャキッと起きろってんだ!」


託也がそう言い切ると男性――黯藤(あんどう)龍司(りゅうじ)は「も~…」と不服そうに起き上がり、大きな欠伸をした。

託也はクローゼットを開けて黒のワイシャツに黒のスラックスを取り出して龍司に向かって放り投げる。


「現場は新大久保のアパート。被害者は三十三歳の男性で“干乾びた”状態で発見された。もちろん凶器は無し」


託也は散らかった雑誌を拾い集めながら口頭で龍司に内容を話し、さっさと部屋を出て行くとリビングの隅に置いてある古紙回収用の紙袋へ雑誌を入れた。

龍司はベッドから降りて立ち上がり、背伸びをすると黒のトレーナーと黒のスウェットを脱ぎ捨て、託也が出したワイシャツとスラックスを着る。

黒のソックスと黒の革靴を履いてデスクに置いてある黒い容器に入ったハードタイプのワックスを適量手に取り、掌に広げるとそれを髪に馴染ませながらリビングへ行った。


「あ~あ。嫌なくらい良い天気だな」


そのままキッチンへ行き、シンクで手に付いたワックスを洗い流して、ついでに顔も洗うとシンク下の収納棚にかかっている手拭き用のタオルで水気を拭う。


「ほらさっさと行くよ。俺今日の夜は“出”なんだから」


「へいへい」


龍司は玄関に向かい、ポールハンガーにかかっている黒のトレンチコートを羽織って外へ出た。

後から出てきた託也が玄関の鍵を閉めて二人は廊下を歩き、突き当りにあるエレベーターに乗って一階に降りる。


「は~やれやれ。んじゃ、行くか」


二人は雑居ビルから出ると日の光に照らされた人気のない道を歩き出した。




読んでいただき誠にありがとうございます。


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