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2-1 流言

恒星暦567年11月15日 地方暦57年1月15日

惑星メダリア 自治都市メダリア 中等教育機関


 3週間近い冬休み明け、学生達は噂話を求めていた。どうせすぐに宿題考査が行われる。冬休み中の宿題がどれだけ身についているか、という点で行われる試験だが、試験と名がつくだけあり、職業訓練学校や高等教育機関に進学する気があるなら、ポイントの一つとして勘案される。あと80年の人生に影響する、と分かっている学生には現実逃避の種が必要であり、それが理解できない学生には冬休みから退屈な学生生活に回帰するための清涼剤が必要だった。


「お兄さんが連邦軍にいるそうね。」

 比較的仲の良いエリーゼが話しかけてきたのは、低血圧気味でよく頭の働いていない登校直後のことだった。サトコが通学鞄を机の上に置くことすら待てないようだった。

「お兄さん?」

 連邦高等弁務官事務所自治担当課長の一人娘は、あと1週間で煉獄から連邦首都に転居が決まっている。かつて自分が住んでいた軍港都市より、なお天上に近い世界だ。

「一緒に宇宙港から出てきたのを見たって噂が流れている。」

 そのあとは、きっと連邦首都の高等教育機関で教育を受け、かつて辺境であったことを笑い話として語るのだろう。あそこは、と。

「ああ、」

 サトコは意識を徐々に教室に戻していた。通学鞄を机に置き、ゆっくりとかつてのノートや石版の代用品にして授業の際校内情報系にリンクするための個人用教育情報端末を取り出す。

「ケンタ君のこと?」

 連邦首都で暮らす女子学生にとって、連邦軍少尉と遠距離で付き合っている、というのはカーストをあげるための素材になるのだろうか。

「へえ、お兄さん、ケンタさんって名前なんだ。」

 獲物を狙う肉食獣のような気配のこもった声が横から聞こえる。保守系市会議員の娘のジェシカだった。ケンタのことを知りたがっていたようで、休み中から仮想空間にスレを立て、サトコを招待していた。

「ケンタ君はお兄さんじゃないよ。」

 放っておくと少し粘着気味なメッセージを幾つか残しており、サトコは早目に処理しなければ、と思っていた。兄じゃない、という言葉は、お兄さんを紹介して、という台詞を断つための明確なメッセージになるはずだ。

「家族ぐるみで逢うって言ったら許嫁?」

 どうしてこの人たちは、すぐに結婚とか許嫁とか言い出すのだろう。軍港都市なら、士官学校出身の少尉さんなんてそれ程幾らでもいた。父さんが現役だった頃によく開いていたホームパーティーではそれこそ毎回入れ替わりで来ていた位だ。

 エリーゼはまだ上級学校への進学意欲を隠していなかったので、付き合っている、程度の話ですむが、他の同級生には進学せずにさっさと結婚したい、と言う早熟な子も多く、サトコは彼女らを少し持て余し気味だった。話をしたくもないが、同じクラスとなれば最低限の会話は維持しなければならない。でも、男子達も同じだった。中等学校を卒業したらすぐに就職、そして結婚、とか平気で口にしている。サトコも何度か地元の男子に告白されたが、おそらく付き合うことに同意したら、一週間と経たないうちに付き合っていることの証明として体の関係を求めてくるだろう。早熟な同級生の会話から、そんな傾向を認知していたサトコは、彼らの告白をことごとくお祈り定型フォーマットで断っていた。

「だから、クラス男子の告白をことごとく断っていたのね。」

 別の女子が少し大きな声で話しかける。男子達が一斉にこちらに視線を向けるのが感じられる。

 いや、あなたが痛い系というのは分かっているけど、私まで巻き込まないで。違うし。私こんなところに一生居たくなんてないし。でも、そろそろ否定しないと、今日の夕方にはすでに妊娠までしていることになってしまいそうだ。どう否定しよう?困った。

「話大きくしすぎ。」

 とりあえず、時間稼ぎをしないと。始業時間まで時間があるのが恨めしい。日勤ということで早朝から活動している従兄に引きずられ、いつもより早目に登校してしまった自分が愚かだった。もう少し部屋から出るのを…、いや、今はそんな事を考えている時間ではない。

 何と答えよう。何を答えても面倒な気がする。ケンタ君はたしか、ここで結婚相手を見つける、とか言っていたが、この場所をなめているとしか思えない。いや、なめきっている。それこそ、あれこれ理由をつけ、肉体関係を結び、妊娠して結婚、または未成年への姦淫を理由とした婚約に持ち込ませようとする肉食獣達が幾らでもいるのだ。どうしよう。そんなのと従兄が結婚したせいで我が家の収入源が減ったら、お父さんとお母さん、絶対悲しむはず。あと、私とマサヤがこの地獄から逃げられなくなっちゃう。

 絶対にそんな事は阻止しなければならない。何としてもだ。

「服を一緒に買いに行ったりする仲だけど。」

 でも嘘はすぐにばれる。下手したらドローンを飛ばしてケンタ君を監視し、隙をついて関係に持ち込もうとする早熟な子もいるはずだ。実際、そうやってクラスで一番ハンサムなという噂の男子と関係を持ったことを自慢する同級生もいた。あれにはドン引きだったなぁ。あと半年中等教育機関にいなければならない関係上、あまりややこしい話に巻き込まれたくない。でも、半年後自分はどこにいるのだろう。この地獄にある程度の低い職業訓練学校?それとも名前だけの高等教育機関?ケンタ君のように軍学校に進学?あと半年もないうちにある程度の人生設計について結論を出せなんて早くない?まだ私15歳だし。そりゃ来月から結婚できる歳になるけど、あと80年以上ある人生をこの歳で決めなきゃいけないって何か変じゃない?いや、結婚できる歳とかなんで頭に浮かんだんだろう。

「うわ、何その沈黙。」

 サトコの沈黙を色々と解釈した同級生達は好きなことを口にし出した。

「そんなんじゃないよ、ケンタ君とは…」

 何と答えよう。難しい。事実だけを答えよう。

「そう、昔からの知り合いで、今は一緒の家にケンタ君の仕事の都合で住んでいるだけ。」

 これなら間違いは無いはずだ。従兄が士官学校に入学する前、不幸があった際、一度会ったことがあるし、従兄は昔からの知り合いで間違いは無い。お父さんがたまに近況を伝えるビデオメッセージの端に自分は映り込んでいたし、その返事を家族で見ていたから、知り合い、ということに間違いは無いはずだ。そして、この地を勤務地に選んだ信じられないほど非常識な従兄と一緒に暮らしていることも間違いは無い。

「一緒に住んでいるの!じゃあ、もうフラグが立ったのも同じだよね。」

 いや、何でそうなるの。あの非常識な従兄を肉食獣達から守ってやらないといけないけど、それはだから私たちの生活を守るためで…

 ん?何かがおかしい。

 あとは勝手に話が進んでいった。それを聞き流しながら思考を突き詰める前に救いのチャイムが鳴った。

「おーい、女子達騒がしいぞ、何時まで冬休み気分なんだ、授業始めるぞ、授業。」

 先生、ありがとう。でも何がおかしいんだろう?


 結局、夕方までにはサトコは妊娠しているというところまで噂が広がった。部活動のあと、学内情報系監視ボットの警報を受けて進路指導の先生が心配して声をかけてくる。サトコは全力で否定する羽目になった。

「そんなんじゃありません。」

 中年の女性教師はもちろんそうでしょうね、と安心したように応じてくれたが、火のない所には煙は立たないという意味不明なことも口にした。

「どうして、先生も私の言葉を疑うんですか?」

「そうじゃないけど、ほら。」

 マサヤが急病を出したらしく、病院に行く関係で母親が迎えに来れない、というメッセージがロッカーにしまっていた個人用携帯情報端末に入っていた。

 中等教育機関から家に帰るために公共交通機関を乗り継がなければならないのね、ちょっと時間がかかるし、夜にかかるから寒いし危ないかも。

 着信音がした。父親からのテキストメッセージだった。お母さんの代わりが迎えに行くから、校門にて待たれたし。

 校門を見ると、場違いな姿の若者が立っていた。黙っていれば絵になる。それは間違いは無い。でも、そう、口を開けば非常識人。同級生の前で結婚相手を探しているなんて絶対に口にさせてはならない。

 あの姿が撮影され、結婚相手にとロックオンしている同級生やその姉たちが一体何人いることだろう。サトコが守ってやらないと肉食獣の群れに襲われることになるだろう存在。

 勤務帰りの従兄が制服姿で迎えに来たせいで、サトコは連邦軍の軍人と付き合っていると生徒達に認識されることとなった。

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