1-4 嫉妬
恒星暦567年10月25日 地方暦56年12月25日
惑星メダリア コルドバ大陸自治都市メダリア軌道エレベータ地上階
ジョン・スミスは、軌道エレベータから降りてきた連邦の軍服姿の若者とそれを囲むように歩く家族に気がついていた。赤い髪と青い髪。ジムやフィットネスクラブに通っているかのように無駄な贅肉はついていない体型。そして綺麗な服。自分のような星系内の安売り衣料販売専門サイトから購入したのではなく、きっと実店舗で買った服なのだろう。最新のファッションに家族は身を包んでいた。軍服の若者、きっと自分と同じ歳位なのだろうが、近所の酒場を訪れる兵達の着る服とはデザインと生地が違っている。きっと沢山もらっているんだろうな。若者が持ち込んだだろう自動移動鞄は、どうみても高級品だ。
清涼飲料水を飲みながら携帯情報端末を見るふりをして、あの幸せそうな家族を見ないようにするのでスミスには精一杯だった。
折角の休みが台無しだ。
軍人の男と一緒に歩いている女の子は、同じ中等教育機関に通っている子だ。たしか、軍に食料を納入している業者の娘。去年転校してきたときにクラスの男達の間で話題になった娘だ。軍港都市から引越してきたのを鼻にかけ、クラスメートの告白をことごとく振り続けた娘だ。噂では、軍港都市に彼氏がいるとか。軍人の家族がいるのなら、あの噂は本当なのかもしれない。きっと、軍港都市にいた頃はどうせ彼氏とやりまくっていたに違いない。
不公平だよな。
機会の均等より結果の平等を強く求める政党が無料で提供している3次元ドラマを再生しながらスミスは心から思った。
あの娘はきっと、軍港都市で暮らしているという噂の彼氏と中等教育機関を卒業したら結婚して、気楽な生活をするに違いない。もしかしたら横を歩いている軍人の兄の紹介で、彼氏を捨てて連邦政府職員と結婚できるかもしれない。そうすれば、文字通りの上級市民として、連邦公民権を行使できるんだろう。そして、この星から出て行って、ドラマの世界のような所で暮らすに違いない。
不公平だよな。あいつらは全てを持っていて、自分は何も持っていない。何かがおかしい。同じように生まれたはずなのに、あいつらは綺麗な最新のいけている服を着て、ジムで時間を過ごして体型を整えている。うちは安売りサイトの服を着て、ババアは星系自治政府の補助金の入金日を指折り数える日々。この違いはなんだ。何かがおかしい。
決めた、今夜のオカズはあの娘にしよう。
クラスメートの一人が開発したアイコラ動画作成ソフトを起動し、動画を見るふりをして家族連れを撮影する。母親と娘が連続して撮影される。ダウンロードした地上時代の著作権切れ動画と母親と娘の画像を統合すれば自動的に今夜のオカズのできあがり。ソフトを提供してくれたクラスメートにデータを送付したいが、スミスは3ヶ月前にオンラインで3Dアイコラを別のクラスメートに送付して政府の監視ソフトに引っかかりリベンジポルノ、児童ポルノ規制条例違反で指導を受けたばかりだった。3ヶ月間学習装置で一日3時間矯正プログラムを見せられたことにはうんざりしていた。流石に家に帰ってから記憶媒体でクラスメートに渡すことにする。端末を操作して、隠語でどうか、と開発元のクラスメートに聞く。
「34少年課バルボ警部補です。」
軌道エレベーター近くには自治都市メダリア市警の第34分署が置かれていた。
連邦直轄領である惑星メダリアは、その複雑な行政体系から、各種警察機関が入り乱れて存在していた。一つは自治都市警察。権限は市内にしか及ばない。一つはコルドバ広域警察組合。自治都市やコルドバ大陸港湾事務所等が協定を結び、大陸全体にかかる犯罪に対処することを調整したり警察職員を協力して養成する機関。将来的には惑星メダリア警察局になるはずだ。そして連邦捜査局。惑星全体や星系、星間犯罪に対応する機関。そのほかに駐屯する連邦軍軍人、軍属、連邦軍関係者に関する犯罪への権限を持つ憲兵分隊。
メダリア市警は、そんな権限が入り組んだ世界の中、メダリア市長へ治安維持の義務を負っていた。
「サイバー空間課のムン巡査部長です。少年による児童ポルノ作成を検知しました。」
警察の内部でも権限は入り組んでいた。現実空間での物理的犯罪、仮想現実空間での精神的犯罪、現実、仮想現実空間での知能犯的犯罪、年齢による区分。人間の欲と想像力に制限がないおかげで、各種犯罪もつきることはなかった。
少年課では、未成年による犯罪一般に対応することになっていた。交通事故に始まり、現実世界での性犯罪、仮想現実世界での知能犯、各担当課とともに捜査に参加する。少年犯罪集団による軽微な犯罪でも無い限り捜査の主導権を取ることはない。
今回のケースもそうだった。以前リベンジポルノ、児童ポルノ規制条例違反で検挙され、生活安全課の重点監視対象となっていた少年が性懲りも無く(おそらく)未成年者を対象としたポルノを作成したのだ。少年が保有する端末には3ヶ月の自宅学習による矯正プログラム受講で矯正施設入りを免れる代わりに、3年間の監視ソフトインストールが指導条件に入っていた。少年の知らぬ間に弁護士と少年事件審判官との間で同意がなされていた結果だった。弁護士は少年にそれを伝えたが、大人の話を聞く習慣のない少年は聞き流し、同席していた母親も1時間後に支給される補助金で何をするかで意識が一杯だった。
「…組織犯罪ですか?」
バルボ警部補は冷めた珈琲を飲み干した。この時間帯、少年課には定年間近の課長、係長のバルボと係員しかいない。
組織犯罪なら、その組織に属する少年一人につき一人、捜査官を派遣しなければならない。自治政府(市役所と住民は言っていた)児童保護課や弁護士は、何故か警察を敵視していた。少年一人につき一人、少年課職員が対応し、直ちに通報しなければ児童の権利が侵害云々とすぐにマスコミに広報してしまうのだ。政治任用の分署長と定年間近の課長はともすればマスコミに過剰に反応してしまうところがあった。
「…連邦軍関係者への少年による児童ポルノ作成容疑です。単独犯とこちらはにらんでいます。」
連邦軍関係者。バルボは心の中で吐き捨てた。対処を誤れば連邦高等弁務官事務所からクレームが届き、星系補助金に影響が出る。分署長報告案件だ。
「分署長には…」
「報告済みです。憲兵隊にも連絡済み。分署長は市長に報告に向かわれています。」
「わかった、ありがとう。課長に報告してそちらに向かう。」
白髪と皺の目立つ課長は、ため息をつくとうまいことするようにだけ言った。
退職まであと6日。連邦と何もないことをただ祈るのみだった。
「ジョン・スミス君だね。」
軌道エレベーター地上階前でどうみてもカップルとは思えない二人組が警察車両からおりてきた時、スミスは嫌な気がした。そして声をかけられたとき、スミスはクラスメイトにチクられた、と一瞬思った。
あいつならやりかねない。今度あったとき締めてやる。
「んだよ、何か俺に用があんのか?」
警察は、少年には手を出せない。すぐに当番弁護士と市役所の児童保護課のおっさんがやってきて、ハイハイ言っておけばそのうち解放してくれるはずだ。今強制労働矯正施設に入っている近所のクリストファーにいが昔そんなことを言っていて、事実前回警察が現れたときもそうだった。たいしたことない。そういえば、近々にいは退所するはずだよな。
「ちょっと分署まで足を運んでくれないかな。」
「令状見せろよ、令状。」
そこでわざとらしく携帯情報端末のボタンを押し、前回連絡先を教えてくれた児童保護課の職員に電話する。
「ナンサクさん、俺だけど。」
「ごめん」
三ヶ月前は親切に応対してくれた中年男性は、今日はスミスの連絡に迷惑そうな雰囲気を隠さずに端的に応じた。
「僕はもう児童保護課の職員じゃないんだ、代表電話を教えるからそこに連絡してくれないかな。」
何だよ、市役所の連中ってこれだから。スミスは、弁護士に連絡をする。
「ごめん、スミス君」
弁護士は、音声応答で全然すまなさそうに謝りをいれた。
「今日は当番じゃないんだ、弁護士会の代表電話をそこに連絡してくれないか。」
どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。
スミスは地面に唾を吐きかけた。間違って男性警察官のズボンにかかる。
「公務執行妨害、巡査部長、現認しましたね?」
「しました。」
直後、スミスは鳩尾に衝撃を感じた。
「おい、小僧。警察なめてんじゃないぞ、公務執行妨害の現行犯で逮捕する。逮捕時間、14時23分。」
どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。いつか仕返しをしてやる。でも、痛い。何で俺が殴られなきゃいけないんだ。