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1-1 入港

恒星暦567年10月25日 地方暦56年12月25日

惑星メダリア メダリア宇宙港


 惑星メダリアは、その日年末セールまっただ中な一日だった。地方暦でクリスマスにあたる今日、恋人達は腕を組み、ショッピングを楽しんでいた。冬に正月を迎えるよう命名された北半球に所在する、コルドバ大陸東南端上空に位置する宇宙港も、クリスマスの余暇に地表展望を楽しむ家族連れが数多く見られた。


「あ、お船。」

 地表展望台に遊びに来ていた5歳位の男の子が右手の指を指す。指した先には、銀色の鏡面塗装のまばゆいきらめきのなか可変塗装で連邦宇宙軍、と記載された葉巻型の宇宙船がゆっくりと宇宙港に接近する姿が見られた。徐々に接近する宇宙船の鏡面塗装面には可変塗装によって「連邦軍志願兵募集中」という広告の他、高等弁務官事務所から依頼された広報、連邦税の申告期限があと恒星暦で3ヶ月に迫っていること、今日から連邦設立大学の募集期限が始まったこと等が映し出され始めた。

「お父さん、あれに?」

 男の子の左手は母親と思われるよく似た顔立ちの女性とつながっていた。子供らしく、親の小指をつかみ宇宙船が見えやすい所に引きずっていく。

「ああ、」

 両親は、眩しそうに接近する宇宙船を見た。かつて夢見て、手に入れ、そして失った世界。接近する宇宙船には、まだ夢が乗っているはずだった。

「あれは」

 母親は、小指を引っ張る男の子に負け、体をしゃがませた。

「宇宙軍の巡航艦だよ。」

「じゅんこーかん?」

 男の子には、「巡航艦」の文字は思い浮かばない。彼の知っている言葉は、以前乗せてもらったことのある「せんかん」だけだった。

「せんかんじゃないの?」

「ん~戦艦みたいなものかな。」

 父親は息子の発言を否定しなかった。接近してくる巡航艦は、見覚えのある姿だった。ジャマイカ型巡航艦。この20年ほど量産されている星間巡視警戒用の汎用型巡航艦。居住性を重視し、宇宙海賊や遭難者への対応を主任務としている。ともすれば独立を指向する自治領に睨みをきかすために派遣される、圧倒的対地上火力を持つ戦艦と異なり、まさに空を駆ける天空の騎士。

「おかあさん、」

 男の子は五歳児らしく、高い声で勝ち誇ったようにいった。

「せんかんだよ、せんかん。僕もしょうらいせんかんのかんちょうになるんだ。」


 マチダ・ケンタは、1ヶ月前に士官学校を卒業したところだった。

15歳で入学して5年。その間色々あったが、なんとか卒業することが出来た。在学中のことを思い出すと、今でも何故卒業できたのか理解できない所がある。それでも、卒業すれば少尉になるし、もう、規則違反や留年を理由とした放校の恐怖におびえることはない。何より、結婚やパートナー(ケンタは男性だったが、女性であれば自身)の妊娠について制限を受けることはない。士官学校候補生を縛る、地上時代の規範に囚われている所がままある意味不明な規則から自由になる。

 卒業式をもって宇宙軍少尉の階級章をもらうと、学生大隊指導教官から辞令を受けた。

「マチダ少尉、君は惑星メダリアで機動歩兵隊勤務だ。まあ…頑張れ。」

配属先は希望かなって惑星メダリア。とはいえ、惑星メダリアは辺境であり、星系自治権すらない。人口も少なく、娯楽もネットワーク世界の中にしかなく、士官学校では下から数えた方が早いほど不人気な惑星。そして航海日当のつかない機動歩兵隊勤務。巡航艦にのり宇宙海賊を討伐することを夢見る若者達にとって地上で泥まみれになる機動歩兵勤務は、最低な人気ぶりだった。艦隊所属機動歩兵であれば、同じ兵科であってもまだ航海日当もつくし、強襲して海賊の根拠地を制圧することが出来れば、まだ勲章ももらえる。同じ機動兵器にのるとしても、天翔る戦士、というイメージが地上時代に放送され、歴史的アーカイブスとして今も子供達が見ることの出来る2Dアニメーションを通じて定着している。しかし、限定惑星自治権しか与えられていない惑星に駐屯する機動歩兵には、若者を魅了する冒険も手当もなかった。ということで、辺境のそれも機動歩兵隊勤務、となると幾ら低空飛行で卒業したケンタであっても希望は優先的にかなう。

 ケンタは、彼より成績の良かった同期のジョアン・ランドーが配属されたジャマイカ型巡航艦ジノシマに便乗し、惑星メダリア駐屯第34機動歩兵連隊第2大隊C中隊付に着任する所だった。便乗中にすることといえば、学習装置に入り、各種陸戦訓練を主に脳内で行うことの他、筋肉トレーニング機に入り筋力を維持し、ランニングマシンの上で延々走ることくらい。学習装置で睡眠を取る、という特技をもつケンタにとって、体を適度に動かすか寝るか(一応、学習装置やトレーニング機械で訓練や研修を受けていた、と電算機には記録されている)、飯を食うか、というかなり自堕落な時間が1ヶ月続いたことになる。その間、巡航艦航海士に任命された同期は、というと士官学校同様に、新しいことを覚えさせられ、汗をかきかきショートカットを揺らしながら走り回っていた。

 便乗者も含めて行われる訓練とそれによる治療を除けばそんなお気楽な生活をして1ヶ月、惑星メダリアがモニターに映ったとき、げっそりとした同期とことなり、ケンタは気力体力充実した状態だった。


「入港三十分前、各科入港準備かかれ。」

 艦隊所属機動歩兵軍曹相手に格闘術の訓練(流石にこれは生身の人間やサイボーグと行わなければならない)をしていると、同期の緊張した声が船内スピーカーから流れる。彼女は今から入港操船をする艦長の補助をしなければならない。士官学校の乗船実習で、入港操船がどれだけピリピリしたものか覚えているケンタとしてはぞっとしない配置。ケンタは、というとシャワーを浴びて、清潔でアイロンのかかった制服を入港用意がかかるまでに身につければいいだけ。艦隊所属機動歩兵であれば舷門警戒のために武装する必要があるが、地上で機動歩兵になる若者には、何も作業はあてがわれていなかった。まさにお荷物扱いだった。

「軍曹、ありがとう。」

6つも歳の変わらない下士官に格闘術の訓練に付き合ってもらった礼を言うと、ケンタは身だしなみを整えるため、居室に向かった。


 巡航艦は、ゆっくりと宇宙港に着岸した。作用と反作用は殆ど無い。最終的にカタツムリほどの速度で宇宙港に自動接岸した巡航艦が停止し、巡航艦の開口部から蛇腹の形をした舷梯がするすると伸びていく。舷梯と宇宙港がのハッチがひらくと、舷梯にいた陸戦隊員達が武装してゲートにすすみ、出入り口を警備し始めた。そして舷門台をのせたフォークリフトがそれに続く。1ヶ月ぶりの寄港に、フォークリフトを操る若い水兵は宇宙服越しとはいえ笑みを隠せないようだった。

 宇宙港からは閉所型機動歩兵装置、簡易装甲服を身につけた軍の検疫官がセンサーをつけたサイボーグに先導させ、乗艦していく。無線検疫は当然終了している。しかし、100年前、とある惑星系を探査をした調査艦が、何かの拍子にその惑星系固有種の侵入を許し、結果艦内で大繁殖した寄生獣を無線検疫だけでは防ぎきれず、その宇宙船を発生源としたバイオハザードが、ある辺境惑星を滅ぼして以来(実際、惑星破壊弾道弾がその惑星と原因となった惑星に使用されている)、無線検疫だけで十分、という考えは捨て去られている。旧型とはいえ、核・生物・化学兵器に対応した簡易装甲服が連邦保健省技官である検疫官に貸与されているのは、そういう理由だった。

 検疫サイボーグが、艦内の監視システムに侵入し、乗員、便乗者の健康状態、ダクトや倉庫の酸素量の変化に異状がないことを確認し、艦から伸びるチューブの内側に高性能生体検出装置が設置される。検出装置をくぐれるのは、艦内服や上陸時の服装をした人間や「デートアンドロイド」のみ。その装置をくぐって書類を提出に来た甲板士官である新人航海士に軍の検疫官は艦最初の検疫証を交付した。その信号を受け、巡航艦の舷門と宇宙港を遮断していた隔壁が上昇し、入港セレモニーが始まる。ミス惑星メダリア、ミスタ惑星メダリアが、募兵事務所の所長を務める中佐とともに甲板士官に続く艦長、副長を出迎えた。ドローンが飛び回り、その景色を撮影、星系ニュースサイトに自動作成記事とともに動画をアップした。

 花束贈呈とちょっとした挨拶で構成されるセレモニーは暫くしておわり、いよいよ便乗者の下船がはじまった。


「おーい。」

 舷門の先に設置されたCIQ窓口を抜けたケンタは、懐かしい声と手を振る家族連れを認識した。5年前乳児だった甥が走ってくる。何世代前かの遺伝子操作の結果の青い髪をした頭でっかちな小さな体が、勢いよくケンタにぶつかった。

「マサヤ君だね。ビデオメールではあっていたけど、はじめまして。マチダケ・ケンタです。」

「こんにちは、ケンタ兄ちゃん。」

 人見知りせずに甥が挨拶をする。超光速通信で届いたビデオメールで大きくなっていることは知っていたが、甥っ子は5年前に抱いた赤子とは変わっていた。

 変わったといえば、叔父夫婦もだ。

 ゆっくりと近づく叔父夫婦にケンタは頭を下げた。ケンタの知らない事情で昨年軍を退役した叔父のヒロシは、かつての艦隊士官の制服ではなく、民間人の服装、民間人の髪型をしていた。叔母のミサエも以前あったときの明るい表情は消え、少し疲れた様子が隠しきれないようだった。

「お久しぶりです、叔父さん、叔母さん…」

 そして、従妹のサトコ。記憶が正しければ16歳。士官学校に入学する前にあったときは幼女だったが、5年ぶりにあった従姉妹は、少女になっていた。笑顔の可愛かった従妹も、思春期を迎え、複雑な時期を迎えたからか、少し陰があるようだった。

「サトコち…さん」

「こんにちは、ケンタ兄さん」

 5年ぶりの再会だった。大人になったなぁ。それが赤毛の従妹への再会後の第一印象だった。

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