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第一部 0 結末

恒星暦567年12月31日 地方暦57年3月2日

惑星メダリア コルドバ大陸自治都市メダリア 


 早く楽にさせてくれ。

 マチダ・ケンタは、その日何度目かの思いを口に出そうとした。

 でも、肺から絞り出す空気は声にはならない。

 残された右の鼓膜からは、絶叫が聞こえる。最初のうちは、なんとかしなければ、と思っていた。最初のうちは、痛めつけるなら自分を、と思っていた。でも、暗闇に囚われた今、そんな気持ちはなくなっていった。いや、何も考えられなくなっていった。学校で教育されたはずの気高い心意気などとうの昔になくなっていた。対尋問術など教えられた事は何一つ覚えていない。何でも話すから早く楽にしてくれ。一秒一秒が過ぎていくのが遅い。楽しい時間と違い、全然時間が過ぎてくれない。

「おい、こいつ、もう踊らないぜ。」

 男の低い声がどこからか聞こえたが、それは音として耳に入っても、言葉としての意味をなさなかった。

「つまんねえの。こいつらみんな見た目だけなのかよ。もうやるか?」

 別の若い男の声も、ただの音だった。

 早く楽にさせてくれ。

 もう、ケンタにはそのことを思うのもかなりの精神力を振り絞らなければならなかった。

「おい、女の方はどうだ?」

「もう叫ぶだけだ、おい、おばさん、うるさいんだよ。」

 鈍い音が続く。一度や二度ではなかった。回数を重ねるうちに絶叫が弱くなっていく。

「どうする?こいつらで遊ぶのそろそろ飽きたしな…」

 

 連邦政府主席からの派遣命令を受け、惑星メダリア静止軌道上に展開する連邦軍惑星メダリア鎮定艦隊は、降伏勧告、戦略拠点への艦砲射撃、無人偵察爆撃機による軍事拠点の爆撃ののち、機動歩兵の降下を決定した。連邦政府高等弁務官事務所、惑星メダリアに設置されていた募兵事務所と駐屯していた機動歩兵大隊からの最後の連絡が途絶え30時間、無人偵察爆撃機による調査では、軍人、軍人家族、連邦政府職員、家族に埋め込まれたチップから生存信号が把握できるのはごくわずかだった。

「各信号発信箇所に救援を派遣させよ。支援なら気にするな。艦隊が責任を持つ。」

 艦隊司令長官は地上の惨状をモニターで見つめながら艦隊所属機動歩兵旅団長に命じた。

「は、直ちに。」

 揚陸艦の1隻に乗船していた旅団長の命令で各分隊を登場させた強襲揚陸艇が次々と大気圏に突入していく。それを受けそれまで隠蔽されていた地上施設からの対空砲火は数えるほど。

「各艦、事前想定125に基づく行動を実施せよ。」

 司令長官は、連邦政府から事前に授権されていた権限を行使することに戸惑いはなかった。艦隊法務官も地上の状況を無人機や艦隊所属艦のカメラから映し出される状況から、不適切な判断であるとはコメントしなかった。連邦政府の艦隊派遣特別高等弁務官も司令長官の顔に視線を一瞬向けたが、沈黙を守った。

 近くに生存信号が確認できない対空砲陣地には戦艦から質量弾が容赦なく発射される。極超音速のトン単位の質量弾により、対空砲陣地だけでなく、付近の施設や住宅を巻き込み、次々とクレーターが生じている。近くに生存信号が確認された対空砲陣地には、誘導弾が使用される。陣地上空で信号発射地点に影響がかからない角度から誘導弾の弾頭が分裂し、対空砲陣地を破壊していく。弾の先には、老若男女区別はなかった。想定125はそのような人道的配慮など無い。あっても、連邦関係者か否か、という線引きだけだった。

「叛乱軍代表者を名乗るものから至急通信です。メダリア独立軍司令官を名乗っています。ただし、その正統性は現在確認できません。」

 簡易与圧服に身を包む通信参謀が、艦隊司令長官に報告する。

「放置。」

 司令長官は、巌のような表情を崩さないまま、早口で通信参謀に答えた。彼の目の前では、とある連邦軍人の家族が住む家の惨状が映し出されていた。建物は暴徒により破壊され、庭ではどうみても5歳ほどにしか見えない子供が、壊れた人形のように雪に転がっている姿があった。その家にはまだ生存信号が3つほど発信されている。あと5秒ほどで300ある機動歩兵分隊の一つが到着するはずだった。

「記録は…」

 機動歩兵が到着した瞬間、信号の一つが消えた事を認識し、表示された名前を確認すると、司令長官は意識してゆっくりと口を開いた。そうしなければ、自分の長い軍歴をしても感情を抑えることは出来なかった。

「記録は取っているな、いいか、一つも漏らすな。叛徒どもに責任を取らせるのだ。」


 ケンタは、体にユックリと何かが侵入していく感覚を覚えた。何かはもうわからない。拘束後早いうちに両目は見えなくなっていた。あまりにもいろいろとされすぎた。もう、自分が正気かすらわからなかった。ほかの人たちがどうなっているかなど、最早どうでもよかった。

 そして、意識は暗転した。


「衛生兵!」

 艦隊所属第114独立機動歩兵大隊A中隊B小隊長は叛徒を無力化した後、緊急コマンドで救急揚陸艇を要請しつつ、分隊衛生兵を呼んだ。

「小隊長殿、これはまずいです、手足はまた生えます、顔も再生できます、でも、脳だけは、脳だけは守らないといけません。」

 オリーブグリーンの簡易装甲服の右腕に赤十字マークをつけた衛生兵は聞き取れないほどの早口でいった。表情はわからない。機動歩兵はフルフェイスの防弾ヘルメットを被っているのだ。彼がヘルメットを脱げるのは、天空の指揮艦からの信号を受けたときだけ。

「こいつは軍人だな。」

 小隊長はヘルメット内に写された情報を確認した。

 命は平等ではなかった。軍人、連邦職員、軍人家族、連邦職員家族、連邦協力者、その家族の順に命を救うことが求められていた。そして、ここには軍人と軍人家族が一人ずつまだ生命を保っていた。

「着陸ゾーンを確保する、マルコフ伍長、君は2人見つけてゾーンを守れ。ジョンソン軍曹、君は3人で周辺の叛徒を無力化せよ。手加減するな。あとひとりは?」

 小隊長は、自分が大地に足をつけた瞬間に消えた信号について、意識しないようにしていた。慎ましく暮らす軍人家族に訪れた悲劇の結末が目の前に散らばっているのだ。上陸した下士官兵の半数ほどが状況を意識をした瞬間、装甲動力服に備えられた鎮静剤がすでに投与されている。

「はい、もうひとりの生存者は軍人家族です。地下に隠されていたようで無事です。救急揚陸艇はあと10分で来ます、小隊長殿、救急作業に専念する許可を。」

「許可する。」

 衛生兵は、人類が地上に住んでいた頃なら魔法としか思えない措置を施すべく、訓練された人間特有の口調で強襲揚陸艇から展開した医療アンドロイドに指示を発した。


 午前11時、「惑星メダリア独立軍司令官」から「独立軍」宛停戦命令が発せられた。

叛乱勢力の組織的抵抗終了が確認された同12時5分、艦隊法務官の助言を受け、司令長官は艦隊派遣連邦政府特別高等弁務官に状況を相談、特別高等弁務官からの同意を受け、事前想定125の終了を命じた。そして、反連邦活動が多発する非友好的占領地における治安維持活動事前想定642に移行するよう指示を発した。

 同13時30分、特別高等弁務官との会食を終えた司令長官は、占領地の視察を行うことを副官に伝えた。


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